複雑・ファジー小説

Re: ついそう ( No.3 )
日時: 2012/09/17 17:20
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w93.1umH)
参照: https://


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分からなかった。なぜ、僕はこんな所に居るのか。なぜ、僕はこんなに汚れているのか。僕は誰なのか。なぜ、僕は荻野目さんの家に居るのか。なぜ、偉そうにベッドで寝ていたのか。
僕はこの疑問のすべてを荻野目さんに解決して欲しかった。僕を納得させて欲しかった。
それでも、荻野目さんはあくまで僕が質問した答えしか返してくれない。
僕は、変だ。きっと変だ。何も知らない。僕は僕について、何も知らない。
そんな僕に、荻野目さんは優しく接してくれる。蹲る僕のきっと汚い髪を、撫でてくれる。

「貴方は、さかもとあき」

あき。あきか。あきって、季節の秋かな。漢字はどうやって書くんだろう。
僕は恐る恐る顔を上げた。荻野目さんが側に居てくれている。何も知らないのに、荻野目さんは僕の味方のような気がした。
荻野目さんは包丁の側にあったメモ帳を取って、ボールペンを走らせた。
メモをちぎって、僕に見せてくれた。
丸っこい女の子の字が、メモ帳に収まっている。

『坂本秋』

僕の疑問が分かったのかな。
メモ帳を眺めていても、何も思い出せない。
ぼーっと、僕を示す漢字を眺めていると、荻野目さんが肩を摩ってくれる。

「何も、憶えてないんだよね?」

確認のような言葉だった。責めるような口調ではなくて、すごく安心する。
僕はその字から目を逸らして、僕を見つめる荻野目さんを見る。頷く。
僕を疑っているわけでは無いようだ。

荻野目さんは、僕のなんだったんだろう。僕は、荻野目さんのなんだったんだろう。
坂本秋。それは本当に、僕なのだろうか。僕を、不気味に思わないのだろうか。何もかもを忘れてしまった僕を、なんで荻野目さんは不思議がらないのだろう。ショックじゃないのかな。知り合いが記憶を失ってしまったら、普通ショックなんじゃないのかな。

僕はそっと紙を撫でてみた。自分を撫でてみた。
坂本秋。
しっかりと記されたその文字は、消えなかった。僕が撫でただけじゃ消えなかった。

「僕は、坂本秋」

「うん、そうだよ。秋、貴方は私を三春って呼んでいいの」

三春。そんな親しげに呼んで良いのかな。
僕は、三春のなんだったの。なんで三春はそんなに優しいの。どうして僕が僕だって言い切れるの。僕の不安をどうして自ら拭ってくれようとしないの。僕、不安で仕方がないの。僕は一体、誰なの。

三春は僕の手の中からメモを取って、優しく笑う。
なんで。なんでそんな風に笑うの。僕は不安でしょうがないのに。僕のことは、三春しか知らなかったらどうしよう。誰に聞けば僕のことを教えてくれるんだろう。
僕は、誰と親しかったのかな。

「秋、お風呂入っておいで」