複雑・ファジー小説

Re: ついそう ( No.33 )
日時: 2012/11/30 21:41
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
参照: http://id24.fm-p.jp/456/yayuua/



+30+


「逃げちゃいましたね」

完全な傍観者を気取っていた店員が、コップを置いてにやりと笑う。
そして、あたしのグラスに酒を注ぐ。
あたしは乱暴に椅子に戻って、酒を煽る。
音を立てて机に置き、拳銃を腰に戻す。

「あんな餓鬼逃がすなんて」

あたしらしくない。
追おうと思えば終えたはずだ。撃とうと思えば簡単に撃てたはずだ。それをしなかった。なんでだろう。
なぜか、あたしはそれを躊躇った。
あの餓鬼を撃つ事を躊躇った。撃てなかった。引き金が引けなかった。
このあたしが。
有り得ない。雨でも降るんじゃ無いかな。

あたしはグラスを揺らして、酒の中の光を見つめる。

イライラはしていない。なんでだろうか。
普通は失敗したって思ってイライラするのに。そんな気分じゃない。
あたしは間違っていなかったって、そう思える。思えてしまっている。

「浦河さん、甘くなりました? それとも、アイツに惚れたとか?」

ずかずかとありえないことを聞いて来る店員。
こんな態度の店員は普通、クビになる。

でも、なんでかあたしはコイツのこういう態度が嫌いじゃ無かった。
こういう、表も裏もない感じ。商売のために自分を偽らない感じ。コイツのこういう態度が、あたしは羨ましいのかもしれない。
あたしは商売の関係上、自分を偽ったり、他人を疑わないといけないから。そうしないといけないから。嘘を飲み込むことがあたしの仕事になっているといっても良いくらい。
あたしは、淋しい人間だ。
人を信じることが出来ない。そして、あの少年も。少なくともあたしのところに最初に来た時は、淋しい人間だったはずなのに。
今は違う。
記憶という大きなものを失くしたはずなのに、少年強くなっていた。記憶に変えられない、何か大きなものを手に入れたみたいに。
あたしも、手に入れてみたい。寂しくないの感じを、味わってみたい。何かを手に入れる幸せを、掴んでみたい。
そんなことは叶わないのかもしれないけど。
だけど、望むだけならいいだろう。

「ありえないでしょ。バカにしないでよね」

有り得ない。
あたしはあんな餓鬼は好きになれない。
ああやって、自分を探していく。
それが、自分を殺す事になることも知らずに。
あたしは、何も知らない。あの少年について何も知らない。

だから。
だからこそ、知りたいのだ。
あの少年にどんな事があったのか。
あの少年にこれからどんなことが起きるのか。
そして、どんな結末を迎えるのか。

あたしはそれを見てみたい。
ただそれだけなのかもしれない。