複雑・ファジー小説

Re: ついそう ( No.35 )
日時: 2012/12/08 11:05
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
参照: http://id24.fm-p.jp/456/yayuua/



+32+


押さえつけられた体を精一杯動かす。口の自由を奪うタオルの奥から、声にならない声を絞り出す。
逃げられない。
手首のロープが皮膚を擦っていたい。そんなことは気にしては居られない。
僕に近寄ってくる人間が、怒りに目をぎらつかせているのが分かる。そいつの顔を、僕は知らない。
誰なんだコイツは。なんで僕はこんな目にあっているんだ。
僕の口のタオルを外し、そいつはにやりと笑う。
線維がこびりついた口内を舌で拭いながら、そいつに唾を吐く。こんな挑戦的な態度をとってはいけないことは知っているんだけど。
けど。
僕は帰りたい。帰らなくちゃいけないのに。それなのに。

「お前、誰なんだよっ!!」

そいつは答えない。ただ僕を冷たい視線で見るだけだ。
こんな生活を、あとどれくらい続けなければならないんだ。

荻野目。荻野目。
ごめん。
無事に帰れるかどうか、分からない。


 + + + +


「三春、行きたい場所があるんだ」

三春の手をぎゅっと握りながら、歩く。
ゆったりと歩行をつづける僕たちの姿はきっと、恋人にでも見えているんだろう。そうなんだ。僕たちは、婚約を誓った仲なんだ。
そうだったんだけど。
早く記憶を取り戻したいと思う。このままじゃあ、ずっと三春に迷惑をかけてしまうから。
聖さんが、怖かった。浮かんだのは、優しくしてくれる三春の笑顔。
だから僕はもう三春を疑いたくない。僕はもうあんな怖い目にあいたくないのだ。

三春は僕を見上げて、切なそうに笑う。

「どこ?」

「僕が見つかった場所」

三春の足が止まる。信じられないとでも言う目で、僕を見る。
そんな視線ももう疑わない。三春はきっと僕を正しい方向に導いてくれる。そう信じている。そう思い込んでいる。
三春の指先に力が入るのを感じ取る。
三春がそんな反応をするのを、僕はできるだけ優しい目で見届けている。
この目が、三春にとってどんな効果をもたらしているのか全く分からないけど。

「……いいの?」

「良いよ。だって僕、早く記憶を取り戻したいよ。それで、三春にもう一度結婚を申し込みたいと思う」

言っていて、死にそうなくらい恥ずかしかった。
顔に熱がこもる。
それを誤魔化すように、三春の手を握る指に力を込める。二人で力比べをしているみたいで、なんだか笑ってしまいそうになった。

「良いよ。じゃあ、行こうか」

のんびりと、二人で道を歩く。
すごく幸せな気分だった。この間までは他人みたいに思っていたのに。今は三春がそばにいないと落ち着かないくらいだ。

だって僕は、三春が居ないと何もできないのだから。