複雑・ファジー小説
- Re: ついそう ( No.38 )
- 日時: 2012/12/28 15:12
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
+35+
「いやぁ、あれからもう六か月ですよ」
それまで黙ってグラスを拭いていた店員がまたうるさい口を開いた。
あたしはグラスを乱暴に置いて頬杖をつく。
なんでかイライラするので浴びるように酒を飲んでいる。しかし、母親と同じように酒に強い子の体ではうまく酔うことなんかできない。
ただ熱い液体外の中をぐるぐるとまわっているだけだ。ただそれだけ。気持ちよくなんか全然ない。
あたしが不機嫌そうにしているのにも店員は気に掛けない。
「六か月?」
店員は拭いていたグラスを置いて、いったんあたしおからのグラスの酒を注ぎなおす。
あたしをそれを喉に流し込んで店員の行動を眺める。店員は新聞をカウンターの下から取り出した。
六か月前の新聞。あたしはそれを受け取った後、それに書いてある文字を流し呼んだ。
赤い線で囲われて居る記事は、確かにこの地域で起こった事件だ。
あまり人が多くない、都会とは言えないこんな場所で起こった事件。あたしだってこれくらいは知って居る。
あたしが眉を顰めると、店員は身を乗り出してきた。あたしをじっと見つめてくる。
あたしはさらに訳が分からなくなってしまう。
コイツは何が言いたいんだ。
確かにこの事件が起こった後、みんなは怯えてしまった。でも、六か月も経てばみんな忘れている。
そんな事件に何を感じているのだろう。店員は訳が分からない。
コイツはそういう男だ。何を秘めているのか全く分からない。
名前のプレートには清田という文字。コイツの下の名前を、あたしは知らない。
「秋くん、でしたよね?」
先ほどの少年の名前を口に出す。それを聞いて、あたしの背筋が冷えた。
あたしが彼の名前を知っている理由は、彼と一緒に居た少女が彼のことをそう呼んでいたからだ。それを彼はあたしが自分の知り合いだと思い込んでくれたおかげでここまで連れてくることができた。肝心なことはできなかったけれど。
あたしは新聞を一度見て、また店員の瞳を見る。
「名前が一緒ですよね? 彼と」
あえて倒置法を使って店員は言った。
あたしは髪の毛を掻き上げた。動揺しているのかもしれない。
そんな訳がない。
あたしは新聞の文字を追った。
彼と、一緒だ。秋。じゃあ、苗字は。くそ。苗字までしっかり聞いておけば。
しかし、彼と一緒だなんて。
有り得ない。有り得ない。
あたしの動揺を見ていた店員がさらに追い打ちをかける。
「そんで、その事件の凶器って」
耳をふさぎたかった。
しかし、事実だ。
もしかしたらあの少年は、想像以上のことを背負っているのかもしれない。