複雑・ファジー小説
- Re: ついそう ( No.41 )
- 日時: 2013/01/02 11:17
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
+38+
「っは、は、あ……、あっ、秋っ」
無理矢理に手を引いて走っていたけど、ようやく三春の息が荒いことに気づいて足を止める。手をつないだまま後ろを振り返ると三春は膝に片手をおいて息を整えようとしていた。
僕は自分の汗も気にしないで三春の手を引いてゆっくりと歩みだした。引っ張られるように三春も歩き出す。
息を整えるためにはゆっくりでもいいから歩いた方がいいと知っていた。
それだけじゃなくて、聖さんの姿が見えなくなった今でも聖さんの足音が聞こえるような気がしたからだ。
逃げだしたい。人の足音が怖い。ずっと耳の奥で自分を呼ぶ声が聞こえるような気がする。
それに耳を貸したくない。
保身に走っている僕が居るような気がする。僕の知らない僕は何を考えているのか何を望んでいるのだろう。
僕はそれを知りたくない。知っているかもしれない。もうすでに、行っているのかもしれない。
僕の知らない僕の望んでいる最低の事を。
僕の知らない僕だって、僕だから。だからきっと、いいことは思って居ない。
どうやったら自分が傷つかないで済むか。そればかり考えて何も周りの事を考えない。
そんな気がする。きっとそうに違いない。
僕は褒められた人間じゃない。そう思ってしまう。
そう考えさせる聖さんがやっぱり大嫌いだ。
「三春、ごめんね。本当にごめん」
ようやく謝罪の言葉が出た。
なんで謝っているんだろう。僕は何も悪くないって言うのに。
全部全部、聖さんが悪いんだ。聖さんが僕のことをだまして、僕を消そうとするから。
僕は何も悪くない。もしかしたらって三春は言ったけれど、そんなはずはない。
僕は何も悪いことをしていない。
本当に、そうか?
僕はなんで記憶がないんだ?
消したいことがあったのか?
何かから逃げたかったのか?
僕は一体何をしていたんだ?
僕は何もわかっていない。
僕のことも、三春のことも。
何もわかっていない。
「う、うん、ううん。大丈夫。ねぇ、秋」
「何?」
やっと息が整い始めた。
僕は三春の手を握りしめる。
もう逃げたくない。僕は記憶を取り戻すんだ。そう決めた。
三春を信じて、僕はすべてを取り戻す。そうしたら、なんで聖さんが僕を狙うのかっていうこともわかるだろうから。
そうしたら。
全部終わったら、三春と幸せになるんだ。
そのことを頭に浮かべよう。そのことだけを考えよう。
僕は幸せになるんだ。絶対、なるんだ。
訳の分からないことばかりを突き付けられる今の状況から、僕は逃げだすんだ。
いや、逃げないんだ。
すべて丸く収めないといけない。
「さっきの人は誰?」
「……浦河聖さん。僕の、知り合いらしいよ」
僕の手で。