複雑・ファジー小説
- Re: ついそう ( No.43 )
- 日時: 2013/01/04 16:14
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
+40+
それは、この世のものとは思えないような声だった。
すべてを引き裂いてしまうかのように高く、そしてすべてを破壊してしまうかのような低い声がまじりあった、音とも取れる声。
それが誰のものなのかは分からなかった。
だから僕は目を開いて体を起こした後に、しばらく耳をふさいでいた。
まただった。
音が怖い。声なのか音なのかわからない。まるで耳から脳みそまで入ってきて、骨を伝わって細胞を溶かすかのような、重くて恐ろしい声。
声なのか、どうか。
僕はしばらくしてからその音か声なのか分からないものの正体を確かめようと、震える脚を動かして歩き出した。
太陽が昇り始めているが、部屋はカーテンが締まっているせいで薄暗い。
だがだいぶ前に始まったその音によって僕は起きていたので、そんな闇はどうってことなかった。
一応カーテンを開いて部屋を照らす。呑気な鳥のこえや、車の音。
普通の朝のはずなのに、この部屋に響き渡っている声の勢でまったく平和じゃない。
僕は唾を飲み込んだ。
この音の正体を確認することが恐ろしい。いったい何がこんな音を出しているのか。
僕はいたって普通に眠りについた。隣の三春髪を撫でながら、安らかに眠ったはずだ。そして、二人で朝一番にお風呂に入ろうって約束をした。
僕たちの一日はガタガタだ。大体は寝ていることが多い。
二人で眠って居るのが安らかだった。
それに急ぐ必要なんかなって三春は言ってくれた。
昨日は神社を見ている途中に聖さんに妨害されたから、また日付が変わったら改めていこうって、そう約束したんだ。
「三春……?」
枯れそうな声で僕の隣に居るはずの彼女の名前を呼ぶ。
あのまま眠っていればよかった。
昨日僕たちは確かに距離を縮めた。
本当だ。あんなに優しい三春を置いて、僕は聖さんと浮気なんかする筈もない。
聖さんは、僕のなんだったんだろうか。聖さんの目的はいったいなんなんだろうか。
僕を消そうとしている。ただそれしか分からない。
僕はお風呂へと続く扉を開いた。
すると、浴槽に顔を突っ込んで、シャワーを頭から浴びながらひたすら吐いている三春の姿が飛び込んできた。
三春の口から汚物と、そして恐ろしい声なのか音なのかわからない音が立て続けに飛び出してきた。
三春は僕が来たのに全く気付いて居ないみたいだ。
僕は急いで三春をパジャマごと濡らすシャワーのノズルを閉じて、そして窓を開けて電気を付ける。
肌にまとわりつくような熱気と、鼻を突く酷い異臭がこの部屋の中を蹂躙している。
僕はぬれきった三春の体を抱き寄せる。
三春の瞳が揺れながら僕をとらえて、水を浴び続けて冷え切った指先が僕の腕に触れる。
三春の口からはもう唾液のような胃液のような、そんな身の無いドロドロとした物しか出てきていない。
三春は一体どれくらい吐き続けたんだろうか。三春の吐いたものが浴槽の底に溜まっていた。
シャワーがなくなったせいで、行き場をなくしている。
僕は三春の頭を撫でた。
何も言えなかった。
三春の叫び声がやんだのにも気づかないほど、僕は強く三春を抱きしめていた。