複雑・ファジー小説

Re: ついそう ( No.48 )
日時: 2013/01/09 21:01
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)



+45+


お風呂から出てきた三春を僕は優しく抱きしめてあげることにした。そうしないと三春が壊れてしまいそうな気がした。
湿った髪とゆるく熱を持つその体は、まるで泣いている子供のようだった。
僕の眼下に三春の頭が見える。こんな小さな三春を僕は今まで一人ぼっちにしていた。
僕はそう思うと無性にやるせなくて、思わず身をかがめて三春の肩口に顔を埋めた。三春はびくともしなかった。女性特有の柔らかいはずの体は、まるで死体みたいに堅かった。
僕は三春を離すと手を引いて椅子に座らせた。用意していたお粥を出して、スプーンを置く。
三春は相変わらずどこかぼうっとしたような目をしていた。僕は三春の隣に座って、彼女の瞳を覗き込んだ。

怖いと思う。
前までしっかりしていた三春が、今度はおかしくなってしまった。僕は三春に支えられてきたけれど、これでは僕が三春を支えているみたいじゃないか。
僕は三春の手を握った。右手だ。
彼女の左手には僕が目を覚ました人変わらずに、シルバーの指輪がしてある。きれいで大切にしているのがよくわかる指輪。

僕は三春の手を握っている僕自身の左手を眺めた。
何もしていないただの手。目を覚ました日和はきれいになっているその手。三春との婚約指輪がしてあるはずの手。
僕はギュッとその手に力を込めた。三春の手が壊れてしまおうがかまわないと思ってしまう。三春なら許してくれそうだから。三春なら、僕と一緒に壊れても良いって言ってくれるだろうから。
三春は首をひねって僕を見た。
しっかりと三春を見返すように努力をする。三春から目を逸らしてはいけない。
だって三春は、僕の味方なんだから。僕が愛した人なんだから。
ちゃんと三春を見守っていたい。

「三春、食べられそう?」

僕が出した声は、儚いものだった。静かな部屋にやっと響くくらいの小さない声。
三春は僕を見つめたまま小さく頷いた。
僕の手を振りほどいてスプーンを握りお粥を口に運んだ。そこでやっと、三春の瞳に光が戻る。
いつもの三春の目に戻ったことに安心して僕は三春の髪を撫でた。

「……おいしい?」

「秋にしては、ちょっと、おいしすぎるよ」

三春がほんのりと口元に笑みを浮かべた。僕の心の緊迫が一気に解かれる。
いつもの三春じゃないか。僕が三春を心配する必要なんかなかったんだ。
僕は苦笑をして、次々とお粥を口に運ぶ三春を眺める。
三春がいてよかった。本当に、三春がいてよかった。

「秋は、料理をしなかったよ」

「そうだったんだ。じゃあ、これからはちゃんと作るようにするよ。記憶が戻っても」

三春はスプーンを咥えながら目を細めた。笑っているのだとわかっていると、こんなにも安心することを僕は知った。

僕は安らかな気持で、三春に小さな約束を告げた。