複雑・ファジー小説

Re: ついそう ( No.51 )
日時: 2013/01/13 11:01
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)



+48+


例えば、これが夢だったとしようか。
有り得ないと思ってはいてもそう考えてしまう。
何時だってこれを現実だと受け入れたくない自分がいる。
事実から目を背けたい自分がいる。

泣き声が聞こえる。鼓膜のすぐ近くで泣いている声が聞こえる。
泣きやんで。声が出ない。
泣きやんで。そこで泣かれると困るんだよ。そこで泣かれると、こっちまで涙が出てきそうなんだよ。

今、自分は何処に居るんだろうか。それさえも分からなくなってくる。
愛している人を失うことなんか、絶対にないって思っていた。
それは、夢だった。
これも夢ならいい。夢はどれだ。
自分に都合のいい夢だけを食べてしまいたい。それで腹を満たしたい。自分のお腹が空いているのかすら怪しい。自分の内臓が機能している事すら怪しい。

頬に涙が伝う。

自分は今どこで何をしていますか。
君は今、どこで何をしていますか。

答えは無い。
ただ泣き声しか聞こえない。


 + + + +


「はぁ?」

意味の分からない質問だ。でも聖さんはいたって真面目な表情で僕だけを見つめている。
すぐ近くの車道で車が過ぎ去っていく音さえも、遠くに聞こえる。
今聖さんは何を考えているのだろうか。
少し肌寒い空の下で、僕と聖さんは向き合っている。聖さんは怖い。何を考えているかわからないから。それに、銃を向けてくるから。だから怖い。僕は息をのんだ。なんでこんなことを聞かれるんだろうか。

「何言ってるの……? 僕は坂本秋だよ。決まっているじゃないか」

僕は聖さんを嘲笑うように両手を広げ、そして見下した。
でも聖さんはそんな僕を憐れむような視線で見るだけで、僕がばかにした意味は無かったみたいだ。

胸の奥がひどくざわついている。
何かが捲れて、傷が露わになるようなそんな感覚だけしかしない。
やっぱり聖さんは僕にとって毒でしかないんだろう。毒でしかない人物となんで僕はこんなところで向き合っているんだ?
速く逃げないと。要らないことまで聞かされるかもしれない。
要らないこと?
要らないことって、なんだ。
僕には足りないものばかりで、あるなら要るものだけじゃないのか。

僕は一体、なんで記憶を。

「君は記憶喪失なんでしょ? なんでわかるんだ? なんで……何で君は、坂本秋なんだ?」

「そ、れは……」

三春が言ったから。
三春が僕を坂本秋として愛してくれたから。
三春が僕を坂本秋だって言ったから。
すべては三春が決めた。
僕を坂本秋だって三春が決めた。
なんで僕は坂本秋なんだ。

答えられない僕を見て聖さんが目を細めた。
僕の全身が震えはじめる。
ガタガタとした小さな震えから、大きな震えへ。

僕は、坂本、秋……?

「……坂本秋っていう証拠がない。自覚もない。それなら君は、坂本秋としてちゃんと成立しているのか? 坂本秋って、誰だ? なぁ、君は——————誰だ?」