複雑・ファジー小説

Re: ついそう ( No.57 )
日時: 2013/01/20 11:35
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)



+54+


嘘だ。嘘だ。
僕は走っていた。
たくさんの人が汗だくでお腹を押さえて走っている僕を変な目で見た。ときどき転びながらも、お腹の手を力を込めたままにしている。

聖さんの頭を最後に一度だけ蹴って、部屋を飛び出してきた。
あそこが坂本秋の部屋だとか。そんなことは全部全部どうでもいい。
僕はあそこから早く出たかった。また怖いことを経験して、また怖いことを言われた。
三春が、僕を殺す?まさか。嘘だ。絶対嘘だ。
三春は僕に記憶を早く取り戻して欲しいなんて言わなかった。でもきっと望んでいるはずだろ。
だって三春の恋人は僕なんだから。
いや待ってよ。
だから、僕は坂本秋なんじゃないのかもしれないじゃ無いか。
三春の恋人は坂本秋だけど、僕は坂本秋じゃないじゃないか。
待って待って。もっと変になってしまう。
三春に聞いてみればいいじゃないか。三春に直接。
本当に僕は坂本秋なのかどうか。それと、本当に三春の恋人は坂本秋なのかどうか。
三春を疑いたくは無い。
でもこれくらいは聞いても良いだろう。
だって僕のことなんだから。
僕には足りないことが多すぎるって。足りないものが多すぎて何もかもを信じることができていないのだから。

洋服の下に、聖さんを殴った銃を締まってある。
これを落としてしまったら駄目だから。
聖さんの血液がどんどん熱を失っていく。ただでさえ冷たい重心が氷のように冷たくなっている。
僕は汗をぬぐうこともしなかった。ただ三春のもとに早く帰りたかった。
僕が銃を持って部屋に入ったら、驚くかな。でも受け入れてくれるよね。
僕の味方でいてくれるよね。
僕は悪くないって、そういってくれるよね。
三春は、僕を殺さないよね。
大丈夫。
三春は僕を愛してくれているよね。
そう信じないと生きていけない。僕の味方は、どこに居るんだろう。
涙が出てきた。
どれだけ変な人に見えようが僕にはどうでもいい。
僕は変な人でいい。僕は早く帰りたいんだ。
そのために走っているんだ。

思い出したい。
僕は一体誰なんですか。僕は一体どこに帰ればいいんですか。三春は一体誰なんですか。

三春が居る部屋に向かって階段を駆け上った。飛び込むようにドアノブに手を掛けたが、あかなくて慌ててポケットの中から鍵を取り出して入れた。
片手で銃をしっかりと洋服の布の上から握っておく。
僕は縋る思いで部屋の中に転がりこんだ。

三春は、玄関で立っていた。
僕は部屋の鍵を閉めて三春の足にしがみつく。

「っ三春!! 三春っ! 怖かったっ、怖かったよ!!」