複雑・ファジー小説
- Re: ついそう ( No.60 )
- 日時: 2013/01/24 18:49
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
+57+
三春の瞬きの回数が目に見えて減った。
僕の質問はそんなに難しい物だろうか。三春はまるで答えに困っているかのように銃と僕の顔を往復するように視線を彷徨わせた。
対して僕はそんな三春の瞳だけを追う。
銃のグリップを躊躇いなく握っている三春は、どこかの感情が欠けているような瞳の色をしていた。三春の瞳は、日本人なのに少し茶色い。
三春は考え抜いた末に唇をかんでから僕の顔に視線を安定させた。
「……ある夏の日のこと」
三春の口からこぼれたのは、物語を語るような硬い言葉だった。
三春が考えて、三春が下した答えを口にしたわけじゃない。
それがひしひしと伝わってくるかのような、どこか足が見えないその返答に僕はどうしていいかわからずに体を強張らせてしまう。
「恋をしたんだ。その人がどうしても欲しかった。どうしても、この恋を叶えたかった」
三春はぶつぶつと朗読の口調でしゃべりながら三春は体を引きずって僕に近づいて来る。
銃をこっちに向けているわけじゃ無い。でもすごく後ずさりたい。三春から逃げたい。
また。また三春を疑うのか。
僕は乾いた口内の空気を飲み込んでみた。そして、意を決して三春に手を伸ばす。三春は僕の指先に銃口をふれさせた。
ひんやりとした冷たさ。そして、三春のどこを見ているのかわからない目。
「三春……ねぇ、それって何の話?」
三春は銃を引いた。僕の指先から銃口が離れていく。僕はそれを追うように、僕に近づいてくる動きをやめた三春の肩をそっとつかんだ。
ある夏の日の恋の話。その話の続きが聴きたいわけじゃない。そもそも興味なんかない。でも三春が何でこのタイミングでそれを語りだしたのか、すごく気になった。
三春は一体何を考えているんだろうか。
もしかしたら。
僕は三春の肩を抱き寄せた。今度は突き飛ばされなかった。三春の小さな体が僕の腕の中に綺麗に収まっている。
僕は三春の髪の中に顔を埋める。
三春が確かな存在だと思いたい。
僕はそう思いたいだけなのに。
「……始まりのお話。はじまり、はじまり」
三春の声がすごく冷たい。三春の指が、肩が、顔が、何もかもが冷たい。なんだろう。
なんで三春はこんなになってしまったんだろうか。僕のせいか。いや違う。僕は助けてあげた。あんなに苦しそうに嘔吐を繰り返す三春を介抱してあげたじゃないか。
僕は悪くない。
また三春に黙って出かけただろうか。そんなことが。三春は僕のことが好きだから、また心配をかけてしまったのかもしれない。
聖さんを殴って、銃を奪っただけ。記憶のかけらさえも拾ってこられなかった外出は、三春を不安にさせただけで終わるのか。
「そして、終わりのお話」