複雑・ファジー小説

Re: ついそう ( No.61 )
日時: 2013/01/25 17:48
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)



+58+


終わりのお話。

ある夏の日のこと。

始まりのお話。

君に恋をしたんだ。

三春の口からはそれしか吐き出されない。
それって、三春の話?三春と僕の、出会いのお話?

ねぇ、三春。

僕はね、怖い思いをしたんだ。三春のことを介抱してあげた僕は、怖い思いをしてきたんだ。それでボロボロになって帰って来たんだ。やさしい言葉をかけて、柔らかい体で体温を分けてくれたっていいんじゃないの?僕はそれを三春に求めていたんだよ。
聖さんにはない感情を僕は三春に求めたのに。
まるで三春は。三春は僕のことなんか見えていないみたいに。

三春の喉が引き攣るように痙攣しているのが分かる。
僕は三春を抱きしめる手に力を込める。それを裏切るように三春は拳銃を振りかざす。その手の行き先を見届けることはできなかった。
聖さんに僕がした行動を三春は迷わずにやってのけたのだ。
グリップで、三春は僕の頭を殴りつけた。
僕の頭に鈍い痛みと、混乱の電流が走る。僕はあわてて三春を突き飛ばそうとした。
でも三春の細い足が僕の腹を蹴り上げた。衝撃と混乱で、僕は思うように体を動かせずにいた。
三春は、死んだ目で僕に微笑む。
僕の頭にもう一撃を食らわせた。そして、そのまま僕の頭を壁にたたきつける。
僕は三春の手を振り払おうとした。
額から嫌な音がした。耳の奥まで貫くような悲しみがあふれる前に、三春は僕の頭を今度は床にたたきつけた。
僕の金髪が掴まれて、頭皮が引っ張られるような痛みに顔をしかめる。揺れる視界の端で、三春の顔をぎりぎり捕える。

三春を否定することはしたくない。
だから、この行動から全力でのがれたくない。
三春は僕に記憶を取り戻して欲しいのかもしれないじゃ無いか。これは愛なのかもしれないじゃ無いか。
僕には、今の僕には何が合いなのか何が暴力なのかわからないんだ。

三春、痛いよ。愛って痛いよ。
僕の耳が痛む。三春に引きちぎられたピアス。

三春。
名前を呼ぼうとした。できなかった。
僕は眠っていた。
気が付かないうちに、僕の意識は居なくなっていた。


 + + + +


六か月前の事件を思い出す。
あの少年の名前。あの少年が自分を指す時に使う名前。それはきっと少年の本当の名前ではない。
あの女は、きっとあいつを殺そうとするだろう。事件のことを詳しく知っているわけではない。

自分の好奇心が自分の身を滅ぼす羽目になるとは思わなかった。
あの少年が思っていることを知ろうとした結果がこれだ。本当に笑えない。
指先さえ動かせない。あたしはひたすらに動く視線だけを動かしていた。
もはや痛みを感じるのもぎりぎりだ。
あんなに容赦なく人間を殴れるようなやつ。そんな奴だってことは、知っていたはずなのに。

あたしは目を閉じた。
現実から早く逃げたかった。