複雑・ファジー小説
- Re: ついそう ( No.64 )
- 日時: 2013/01/27 16:53
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
+61+
「思い出した?」
三春が笑っている。荻野目三春が笑っている。
動けなかった。息が出来なかった。
三春が目の前にしゃがみ込んだ。
俺の、目の前に。
俺は、思い出した。すべて思い出した。あの夏の日の事も、全部全部。俺は全部思い出す事ができた。
それを望んでいた自分を殴ってしまいたい。
なんで思い出したかったんだろうか。俺はなんで記憶を取り戻すことを望んだんだ。
そう、三春に元気になってもらいたいからだ。
三春が俺の頬を撫でた。
怖い。
怖い。
三春が怖い。
「自分の名前、言える?」
「関本、友作……」
俺が久しぶりに自分の名前を呼ぶと三春は嬉しそうに笑った後、グリップで俺の頭を殴りつけた。
耳の奥にまだあの銃声が残っている。
俺は必死に三春を見た。でも三春が見ているのは俺じゃない。俺じゃ無いんだ。
俺は何かを言おうと思って口を開いた。でもできなかった。
三春がまた俺を殴ったからだ。
口の中に血の味がにじんでいる。
痛い。
もう嫌だ。
望んで記憶をなくしたのに、また逆戻り。
俺は失敗した。
現実から逃げることに失敗した。
「自分がしたこと、憶えているかな?」
三春が俺に問いかける。
まるで子供にキク科のような優しい口ようだ。でも片手で俺の前髪を掴んでいる。
ポケットから鋏を取り出して、俺の金髪を鋏で徐々に切り始めた。
はらはらと落ちていく金髪にまで恐怖を感じる。
「憶えてる……」
弱弱しく言う俺には何銃口を押し付けて三春は笑っている。
涙があふれた。
全部。全部、嘘だったんだ。
俺に優しくしたことも、俺の味方みたいな顔をしていたことも。
涙を流す俺に明らかな不快の色を見せる三春はまた俺をグリップで殴った。
「私、決めてたんだ。あなたが記憶を取り戻したら殺してやるって」
どこか嬉しそうに哀しそうに怒って居るようにつぶやく三春は俺を殴り続ける。
立て続けに襲ってくる鈍い痛みに眩暈を覚える。聖さんから漂ってくる血の匂いに恐怖心をあおられる。
当然だ。
三春が俺を殺そうとするのは当然だった。
今まであったことが頭の中から消えてくれない。
俺が今ここに居るのは全部俺の責任だった。
俺は逃げてきたんだ。自分御罪から逃げてきた。三春からも目を背けてきた。
あの日の暑さを思い出したのか、俺の体が熱を持ち始める。
何かが伝ってきて床にたれる。
血だ。
どこから垂れてきたのかもわからない。
俺は、俺は。
三春が怖かった。
それ以前に、全部なかったことにしようとしていた自分が怖い。
「待ってたのよ、あなたが自分の罪を思い出すのを」
俺は、坂本秋を殺した。