複雑・ファジー小説
- Re: ついそう ( No.66 )
- 日時: 2013/01/30 16:24
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
+63+
婚約をしたんだ。
彼女は可愛らしい笑顔でそう報告をしてくれた。小さく拍手を送るとその頬を赤らめるのだ。
彼女のそんな表情が大好きだった。昔から見てきた顔だった。喧嘩もしたし、嫌いにもなった。でも、最後には仲直りをしていつもの大好きな彼女に戻っていた。
荻野目三春にとって妹はただ一人の味方だった。
その味方に、大好きな人ができたのは何時のことだっただろうか。それからは妹と妹の婚約者である坂本秋と何度も食事をしたりした。
二人は荻野目三春の支えだった。光だった。社会というものが信じられなくなってしまって孤立してからは彼らとかかわることで自分の世界を保つことができていた。
自分を今まで支えてくれていた妹に最愛の人ができた。自分を守ってくれていた妹を守ってくれる人が出来た。
嬉しかった。
二人の結婚式を見たら死のうと思った。自分は邪魔になると思ったから。だから消えようと思った。
きっとそのことを言ったのなら二人は止めてくれるだろう。
お姉ちゃん、三春さん。
何言ってるの。何言ってるんですか。
みんなで一緒に居ましょうよ。
そんな声が聞こえてきた。
でも幸せだった。だからよかった。
なら、自立をするよ。誰にも支えられないでも生きていけるようになるよ。私は一人にならないとだめなんだから。
頑張るよ、私頑張る。
だから幸せになって。幸せにならないと許さないから。
坂本秋が誘拐された。
警察からの連絡だった。久しぶりにみんなでご飯を食べに行く予定を立てていた。結婚式のことを話す予定だった。
妹は涙を流していた。
支える術を知らなかった。彼女が薬指の指輪を撫でている姿をただ見ている事しかできなかった。
笑顔が消えた。
笑おうとした。できなかった。
坂本秋が死んだ。
銃で撃ち殺された。妹の目から光が消えた。
どうやったら彼女を元に戻せるかなんて考えることもできなかった。自分には彼女をもとに戻すことなんかできない。
なんでと彼女は言わなかった。
現実を見ようとする目を塞いであげたかった。
犯人は分かっていた。でも逃亡を続けていた。
捕まるよ。
でも戻って来ないでしょう。お姉ちゃん、でも、彼は戻ってこないよ。だからもう良いんだ。
そして彼女は笑った。そんな笑顔は見たくなかった。自分の目をつぶしたくなるような笑顔だった。
そして荻野目三春は久しぶりに一人きりで外出をした。ただの買い物だったけれどそれは大きな一歩だった。
ケーキを買いに行った。結婚式をするから。
ケーキを片手に家に帰ろうとした時、携帯に一通のメールが届いた。
『お姉ちゃん さようなら ありがとう ごめんなさい』
部屋の窓が開いていた。駐車場が赤くなっていた。
妹が自殺をした。
音が消えた。何もかもが消えた。
妹は自分を支えてくれた。外に出ることが人と話すことが怖くなった自分を導いてくれた妹を守れなかった。
幸せになってよ。なんでなれないの。
涙が出なかった。紅い液体の中の白い手の指にはまっているシルバーリングを見下ろした。
意味が分からなかった。何も聞こえなかった。
結婚式を挙げよう。
自立をしよう。
幸せになろう。
一緒にケーキを食べよう。
ちいさな願いじゃないのか。それすら叶わないの。
なんで。
全部。
全部、アイツのせいだ。
アイツのせいで。
絶対に許さない。
殺してやる。