複雑・ファジー小説
- Re: ついそう ( No.67 )
- 日時: 2013/01/30 16:52
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: KRYGERxe)
+ついそう+
そろそろ、願いが叶う。坂本秋を、妹を殺した人間を殺す。
そいつは記憶喪失だった。許せなかった。あんなことをしておいて知らないと言いやがる。だから泳がせてやった。思い出すまで待ってやった。そして今思い出した。
私を見上げて震えている。
優越感がする。胸を満たしているのは幸福だ。
これで終わる。あの日から生き続けている腐った自分が死んでくれる。
私たちから幸せを奪ったこの男。妹に恋をして、そして恋人である坂本秋を殺した。最低な行為をした。
そして彼女の姉であるこの私に縋ってきた。笑うのが大変だった。触られるたびに鳥肌が立った。抱き寄せられると振り払いたくなった。
耐えた。耐え続けた。
コイツは私のことを味方だと信じ続けてきた。
私は嘘をついてきた。謝る気なんか無い。こいつは私に謝らないといけない。私から何もかもを奪った。
坂本秋のように殺してあげよう。
最後の最後まで絶望を与えてやる。
許さない。
死んだって許さない。
『三春は、僕のこと好きだよね?』
吐いてしまった。
そんなことがあるはずが無いじゃないか。殺したいほど憎い。殺すほど憎い。
あれだけのことをしておいて忘れて、私にすり寄ってきて。
吐き気がするんだ。
腹の中に何もなくなるくらいまで吐いた。
それを介抱してくるこいつの腕すらも叩き落としたかった。
私は何時だってこいつを殺すことしか考えていなかったのだ。
それなのにこいつは。
私のことを。
私は。
「……三春」
「呼ぶな!!」
叫んでやっても目の前の男、関本友作は動じなかった。
なんでか私をゴミを見るような目で見上げてくる。
ゴミはお前だ。
このことで私が汚れるのかもしれない。そんなの覚悟の上だ。私は汚れていい。だからこの思いを早く捨ててしまいたい。
もう一度会いたいよ。
妹のウエディングドレスが見たかったよ。
二人の子供が見たかったよ。
何もかも駄目になったんだ。
こいつのせいで。
「……聞いて」
謝るつもりなら要らなかった。謝ったってあの二人は帰ってこない。
こいつは私が殺す。
浦河聖は私が関本友作を殺したら自分にも被害が及ぶと思っていたようだがそんなことは無い。
浦河聖も殺すつもりだった。関本友作に銃が及ばなかったなら、こんなことにはならなかったのだから。
私を見上げてくる関本友作の目がうるさい。
「約束した。記憶を取り戻したらまたやり直すって」
「何、言っているの」
本当に何を言っているんだこいつは。
確かにこいつは私のことを信じていたみたいだ。嘘の仮面をかぶった私に縋ってきた。
私がこいつに向けてきたものはただの殺意だと今知ったはずなのに。
「一緒に居てくれて、ありがとう。……好きだよ」
引き金を引いた。
甲高い乾いた音と、関本友作だったもの、そして浦河聖の血の匂いだけが漂っている。
自分の呼吸が妙なリズムを刻んで居た。
何を言ったんだ関本友作は。
私はその場にへたり込んだ。
何もかもが終わった。燻っていたものを解放した。
これで終わりだった。終わるはずだった。でも終わってくれない。
一向に世界は終わってくれない。
側で誰かが私を見ている気がする。私を探している気がする。誰かが私の事を狙っている気がする。
銃を握りしめた。胸に抱え込んだ。
涙が止まらなかった。誰も幸せなんかなれなかった。何も残らなかった。
私は一人ぼっちだったんだ。
私もまた、夏に咲く花の音で全て忘れることができるんだろうか。
目を閉じた。
でも鼓膜が拾う音だけは私を責めた。
責め続けた。
きっと誰も許してくれないのだ。
+END+