複雑・ファジー小説

Re: やさぐれ白魔導!【プロローグ更新】 ( No.2 )
日時: 2016/11/05 22:31
名前: 日向 ◆Xzsivf2Miw (ID: ERqUQoIM)

【第一章 第1話 「やさぐれ白魔導士と時魔導士」】

 雲は一つも無く爽やかな晴れ空。降り注ぐ心地よい陽光。笑う春の太陽。
新たに萌える若草が揺れ、風に乗せて春の訪れを、青臭いながらも告げている。
 なのだが。

「チッ——」

 やたらと舌打ちを連打しつつ唾を吐きながら競馬場を後にする昨晩の男。サングラス越しにも分かる吊り上った険のある瞳をしており、頭髪は寝癖がそのまま直されておらず更に獣感が増している。今にも獲物に飛び掛らんばかりの猫背に、人々は多少道が混雑しているにも関わらずその男から距離をとらざるを得なかった。
 どうやら負けたらしく未練がましく呪詛を唱えている。
 心なしか空は翳り、若草色をした風は馬場の砂をも巻き上げ何ともいえない匂いがあたりに立ち込めていた。

「畜生……当たった奴は全員逝っちまえばいいんだ」

 周囲の目など関係ないと言わんばかりに唾を吐きまくる。一人の作業着を着た腹の出た中年男が白衣の獣に対し声を荒げたが、その猛禽の瞳に射すくめられてしまい人々の流れに早足で乗っていった。
白衣の男は立て掛けてある可愛らしい馬のマスコットキャラクタが描かれた看板を盛大に蹴り倒し、それを踏みしだいて歩く。気付けば彼の周りにはもう誰もいなかった。
 苛立たしげにに白衣の胸ポケットからタバコを取り出そうとしたその瞬間、背後から声を掛けられた。
 この男に声を掛ける者など居るのだろうか。しかし聞き覚えのある声だった。

「——まったく。公共の場を汚さないで下さいよ、純さん。皆さん怖がってますよ」

 純と呼ばれた男は猫背を更に丸め、背後をゆっくり振り返った。

「またてめーかよ。何か用か? 優乃」

 この素行が凄まじく悪いやさぐれた男、純(じゅん)というらしい。実に相応しくない名前である。むしろ不純の方がまだ納得がいくかもしれない。
 純に正対する優乃と呼ばれた青年は童顔で中性的な顔つきをしていた。名前は要優乃(かなめゆの)という。純との関係は不明だがどうやらそうそう浅い関係ではなさそうである。
 近所の公立学校の制服を着用しており、特に着崩しも見られない。可愛らしい顔立ちだが眉は意思の力強さが見てとれる。
 純は手のひらを下に五指を優乃に向けて払い、言った。

「俺のことは放っといてくれや、こっちゃあ負け続きで気が立ってんだ」
「はいはい、分かってます。それじゃあ帰りますか」

優乃は表情を崩さず純に近づいた。否、間合いを詰めた。

「おーい。俺の話聞いてたか?」

 笑顔のまま言い放つ。

「聞く価値も無いですね。何が純ですか、どの口が名乗るんですかね。さっさと不純に改名して下さい」

「は? 勝つまでは帰らねーよ。なぁ優乃、ちょっと金貸してくんねーか」

先ほどとは打って変わった無邪気な笑顔と猫撫で声で未成年に金をせびる純を見て、優乃は溜息をついた。

「まったく、どこまで腐っているんですか。——それなら仕方ないですね」

 優乃は片手を突き出し純の前に差し出した。
 手のひらからは、まるで時計の短針と長針の様な緑色の光が延びていた。目をこらすと微かに数字も見える。文字盤を模しているだろうか。
次の瞬間あれほど傍若無人な態度を崩さなかった純の顔色が一変した。ぱくぱくと金魚のように口を動かし後ずさる。

「お、おい! ここはマズイだろ!?」
「安心して下さい。純さんにドン引きしてくださったお陰で誰もいませんから」
「い、いや待て早まるなって!」

【時を司どりし神よ、我に力を与えんことを——】

 有無を言わさず文言の詠唱が始まった。手のひらから伸びる光線はより強くなり、数字は脈動する。
 純は冷や汗をかき、その場を動けないでいる。

【時間交渉 「ロー」】

 その瞬間、優乃の手のひらにあった時計を模した光は純を鋭く刺した

【第1話「やさぐれ白魔導士と時魔導士」】