複雑・ファジー小説

Re: やさぐれ白魔導!【第2話2—1更新】 ( No.6 )
日時: 2016/12/31 17:22
名前: 日向 ◆Xzsivf2Miw (ID: ckXTp97G)

【第三話 「予兆」】

 【愛の巣】の朝はまちまちである。
 起床時間が早い者もあれば、昼過ぎまで寝ている者もいる。
 とりわけ朝が早いのは、九原真衣だった。
 朝食を作るために朝早く起き、顔を洗い、制服に着替え、その上から純白のエプロンを身につける。【愛の巣】に料理当番というシステムがあるわけでもないのだが料理をすることは幼い頃から好きだったし、皆の恩に報いるためには何が一番かと考えると彼女は自然と朝一番にキッチンに立つようになった。そして各自起きてくる頃を見計らい、各々の好みに合わせたお茶を淹れる。
 食卓の木製のイスに座り休憩をとっていると左奥のドアの蝶番が軋む音がした。そこは河野大輝の部屋である。

「おはよう真衣。やっぱり早いな」
「あ、おはようございます。大輝さんはコーヒーですよね?」

 真衣の次に起床してくるのは大抵、優乃か大輝だったが、今日は大輝のようだ。
 眼鏡を押しやり眠そうに瞼をこするたびその素顔が露になるが、割と端正な顔立ちをしている。
 彼は大きな伸びをすると居間の中央に位置するソファに座り、リモコンでテレビの電源を点けた。

「今日は紅茶を淹れてもらおうかな」
「分かりました。お砂糖とミルクはどうします?」

 真衣は買いだめしてあるお茶葉の類がしまわれている戸棚を開けながら聞いた。当初は香り移りしてしまわないか心配だったが、みんなが自由にお茶を淹れる際種類お構いなしに一つの棚に詰め込んでしまうのでもうそのままにしている。事実、整頓して戸棚を分けていてもしばらくすると一つに集まっているのでしょうがない。しかし彼女はこの薫る雑多に包まれるのが嫌いではなかった。

「いや、両方必要ないよ」

 大輝はリモコンの番組ボタンを適当に押し、ザッピングしていたがしばらくして、とある一局のニュース番組に落ち着いた。

 朝だというのにニュース内容は重苦しいものだった。隣県の一級河川の河原で起きた残酷極まりない殺害事件。

「腹部に裂傷が数十カ所、内臓は持ち去られており、それと被害者のこめかみから脳天へ細い凶器で貫かれて即死」

 凄惨な事件のあらすじを淡々と語る大輝。
 真衣のいるキッチンからはその表情は分からない。いつのまにか薫る雑多は霧散していた。
 彼女はその言葉を吟味してから口を開く。

「内蔵が消えているとなると【魔獣】ですか」
「その線が濃いね。不思議なことに遺体にもその周辺ですら血痕が見られないそうだ」
「尚更疑わしいですね。大輝さん、今夜行くんですよね……」

 真衣は目を伏せ声を震わせながら聞く。大輝は腕を組んでとうに他のニュースに移り変わったテレビ画面を見据えて言った。

「あぁ、そうだね。——真衣、紅茶はまだかな?」
******

〜T県・T市事件現場〜
 凄惨な事件が起きたこの河原は昨日と変わらず夕闇に包まれようとしている。朝から詰め掛けていた報道陣も日が暮れる為かいなくなっていた。
 あたりには不快感を誘うなま暖かい空気が漂い、それが時折頬を撫でるように吹き抜ける。
 心なしか肉が腐ったような匂いも漂っているようだった。魚が跳ねているのか水音がする。しかし水音とともに地を揺さぶるような地響きが聞こえてくる。

 そして微かな獣の唸り声。大気が震え、草が枯れる。
 黄昏の時の中で確かに感じる獣の気配。

 大河の中央に【何か】がいる。

【第三話 「予兆」】