複雑・ファジー小説
- Re: やさぐれ白魔導!【第2話2—2更新】 ( No.7 )
- 日時: 2017/01/08 10:27
- 名前: 日向 ◆Xzsivf2Miw (ID: ckXTp97G)
【第四話 「侵入」】
〜T県・T市事件現場〜
甘くすえたような腐臭が漂う事件現場の河原。ここ数日ぽつぽつと春雨が降る日が多く、川の水は豊かになっていた。しかし流れは緩やかで血を吸ったはずのせせらぎも耳に心地よい。陽はとっくに沈みきってしまい、取り残された朱も月が引っ張ってきた藍色が所々に滲んで不気味でありながらどこか郷愁を誘う幻想的な空になっていた。比較的栄えているこの都市は排気ガスのせいか星も見えない。
夕暮れが闇夜へと変わる時、魔導士は集う。ただ一人を除いてだが。 亜花莉、大輝、真衣、優乃、陽太の五人は既に揃っていた。皆それぞれに私服や学制服という装いで特別な制服などは無く動きやすい格好だ。魔導士とはいっても形式ばったものではない。
「ねぇ、アイツ遅くなぁーい?」
「そうねぇだってあのコってば移動手段よく分からないからやりようが無いわよね」
亜花莉は痺れを切らしているようで苛立ちを隠そうともせず河原の草をむしっては投げている。陽太も頬に手をあて呆れたように瞳を伏せる。
その時、アスファルトで舗装された沿道の向こうに人影が見えた。
「おーい悪ぃな!」
無論純であった。右手をゆるく振り、左手には紫煙のくゆる煙草。もう一服するとまだ半分ほど残っている煙草を道端に投げ捨て、火を踏み消した。
「純さん、ポイ捨ては牛裂きの刑です」
「え? あー、はいはい」
優乃の光彩が消えた瞳に純はおどけたように肩をすくめ、吸殻に息を吹きかけてからつまみ上げ、ポケットにそれを突っ込んだ。
「純さんって毎回必ず遅れて来ますよね。やる気あるんですか帰ってください」
「いやちょっと別件で用があってな、うんうん」
「言い訳はいいです。今こうしているのも時間の無駄なので早く【結界】を破ってください」
******
【結界】というものは魔獣の作り出した繭のようなもので生物が視認することの出来ない異次元空間と定義されている。即ち魔獣の住処である。食事をする時のみそこから出てきて狩りをする。巧妙に外部から隠されており、普段ならば上級の魔導士でも【結界】のある場所を見つけるのは難しいとされている。しかし人間を食らってから一定の期間は魔獣自身から強く異質な気が【結界】から漏れ出ているため容易く発見できる。
たとえ魔導士でなくとも気を感じ取る能力に長けた一般人などでも異質な空気を感じ取ることもあるという。
「ここらへんか」
愛の巣面子では【結界】を破るのは純の役目だった。試行回数を重ねた結果純が一番効率よく発見し破ることが出来る事から一任されていた、というのは皆からのこじつけで魔獣からの奇襲を受け命を落とす危険性の伴う作業であるから彼の場合は人柱的な意味合いが強いかもしれない。これはあくまでも推測である。
いまは川辺にて【結界】の破り易いであろう薄い箇所を調べている最中であった。
「陽、あれ入水自殺みたいエヅラじゃね」
「もお亜花梨ちゃんってば」
「言えてますね」
「二人とも純ちゃんに冷たすぎないかしら? そんなんじゃ駄目よお。ねえ真衣ちゃん?」
「そ、そうですね……はい」
川辺にて調査をしていた純は作業を終えたらしくこちらに手招きをした。いつかのような獣の目をしている。
「来い」
その一言で場の空気が一変した。凍り付くというと語弊があるが、空気が凝固したのは確かだった。
「行くぞ」
張り詰めた空気は震えるようだった。一同は川辺に近づき構える。
そうして純の呪文の詠唱が始まった。
【白の神の使いよ、我に力を与えんことを——】
深く深く深呼吸をして。
【神護乃剣 「邪裂」】
夜の河原に白い風が吹き荒れた——。
******
幸いにも魔獣の奇襲は無く、無事に侵入することができた。そして純の見立てでは確かに中にいるとのことだった。
【結界】の内部はじめじめと湿っているようでカラカラに乾いているようで凍えるほど寒いようで汗ばむほど暑い。この世にはない感覚、定義の上ではこの世では無いのだから当然とも言えようか。内部を構成しているのは一見グロテスクな脈打つ赤紫の肉の壁であったが歩いてみると砂の上を歩いているような絨毯を踏みしめるかのようなどっちつかずの奇妙な感覚だった。幾度となく【結界】内に侵入している面々は慄きもせず進んだが、真衣だけは亜花梨の服の袖を掴み目に涙を浮かべていた。
だがやはり【結界】の中には腐臭が漂い、獣臭かった。そして臭過ぎたのだ。何かを察した純は口を開く。
「おい亜花莉、真衣」
「何だし」
「はい……」
純は歩みを進める二人の前に手を伸ばして制した。
「こっからはあんま見ても面白くねーもんがあるけどさ」
大輝も今までに無い強い腐臭でおおむね純が何を言いたいのか理解した。
「ん、そうだな。俺の後ろに来るか?」
大輝はできるだけ彼女らを不安にさせないように笑みを作って提案した。 しかし亜花莉は唇をとがらせて言った。真衣も更に顔面蒼白になりながらもなんとか応えた。
「なめんなっつーの。マイマイと一緒に行くし」
「私も、亜花莉ちゃんとなら大丈夫です」
そうは言ったものの案の定、魔獣の口に合わなかったのかあちこちにそれは転がっていた。一口かじったままで形が残っているもの。まだ血が滴っているもの。戯れに壁に打ち付けられ潰されたもの。人の中にはこれ程に詰まっているのかと思うほどだった。明らか一人の物ではない量である、一体どれほどの人間がその爪牙にかかったのか最早判別不能だった。異次元では分解もされず、腐敗のスピードも違うのだろうか、今しがた食い散らかされたかのように見える。
「うまくなけりゃ食うなっつーのな」
真衣は亜花梨の腕にしがみつき目を瞑りなんとか歩けている状態で、亜花梨も顔をひきつらせている。優乃や陽太も視線を彷徨わせているが大輝は押し黙り殿(しんがり)を務めている。入り口付近とは違い【結界】の床は液体で濡れていて離着地を繰り返すたび粘着質な音がする。
不意に先頭を切って歩いていた純が足を止めた。
「はいごくろーさん。着いたぜ」
純の遥か前方の開けた空間、【結界】の奥深くに魔獣がいた。
魔獣は大きな獅子ような姿をしていて、太い四肢と対象を虐殺するための大きな爪がついている。元々の体色なのか返り血かどす黒い赤をしている、毛がべっとりと寝ているため返り血なのだろうが。
こちらに気付いているのか気付いていないのか魔獣は恍惚とした表情を浮かべ食い散らかしたものに自らを擦りつけている。魔獣が体をくねらすと少し凝固をはじめた血液が跳ね辺りを汚した。満足そうに喉を鳴らすと何かを思い出したように立ち上がり、食い散らかした物を再度口にした。猫のように喉を鳴らし嬉しげに噛み千切る。派手に音を立て咀嚼し、口の周りの血を舐めとった後に喉を大きく上下させ嚥下した。
真衣は思わず声を出してしまった。
「うぅ……」
次の瞬間耳がぴくりと動きこちらに向いた。鋭い眼光が一同を射抜く。
魔獣は咆哮をあげると先頭に居た純に向かって突進した。
【第四話 「侵入」】