複雑・ファジー小説
- この町 ( No.4 )
- 日時: 2015/08/30 23:12
- 名前: 雷燕 ◆bizc.dLEtA (ID: a6RsoL4B)
この町
私はよくこの町を歩く。近所のTSUTAYAに行って本を買ってCDを借りて、コンビニに行ってジャンプとマガジンを立ち読みして。無駄だと思うこともないことはないのだが、息抜きにはちょうど良い。たまに中学の頃の同級生に会うのも楽しいし。私の行った学校には同じ中学の人が少ないから、なかなか会うことがないのだ。
今もそうやってぶらぶらと町を徘徊していた。どうせルートは大体決まっているのだけど。さっき読んだ、ジャンプで最近始まった新連載は長続きするだろうか。歩きながら考えるのは大体そんなどうでも良いことだ。そんなどうでもいいことを考える時間も、人生には必要だと思っている。
そこの歩いている子供たちは、近所の仲良しさんだろうか。近くを歩いている親らしき人たちが結構若くて仲良さそうに話しているから、親同士が知り合いなのだろうか。ものすごい偏見だが、こういう若い親が子供にDQN……もといキラキラネームをつけるんだろうな。万が一私が親になっても、それだけは絶対にしまい。
音楽好きな私には毎回近くを通るのが楽しみな家に近づいてきた。この家からいつも聞こえてくるピアノを弾いているのは、一体誰なんだろうか。私が初めてここを通った時から、近くに来ると必ず聞こえてくる。曲の合間と思われる途切れはあるのだが、それでもすぐにまた次の曲が始まる。一応私もピアノは習っているので、たまに知っている曲が聞こえてくる(大体は有名どころの曲だけれど)。凄く上手いと思う。夜は耳を澄ませば聞こえるくらいの大きさにして、24時間何時でも弾いているという噂だ。こんなにピアノの上手なニートが存在するのだろうか。
そしてその家の横を流れる川には、草の生えた陸地部分に畑と思われる一角がある。誰かが手入れをしているところを私は見たことが無いのだが、ちゃんと野菜がなっている。川って誰の土地になるのだろうか? 勝手に畑を作って良いものなのだろうか。許可を貰うにしても、何処に貰えば良いのか分からないのだが……。
閑話休題。赤ボールペンのインクがそろそろ無くなってきているのを思い出したので、通りかかったホームセンターに入る。
寄るべきところには大体よったので、今度は家に向かって歩いていく。道中、籠に水泳バックや他にも色々詰め込んで自転車を走らせる少年が見えた。方向からして、海へ向かっているのだと思う。海か。友達と海水浴にでも行くんだろうな。もしかして、彼女と一緒だったりするのだろうか。だったら彼女の水着姿をこれから見るんだから胸が高鳴ってるんだろうな。
……公園にはえた木のそばにしゃがんでいる子供がを見つけた。ただ、しゃがみ方が少し変である。木の幹に背中を向けるのではなく、蝉の抜け殻でも見つけたのかのように幹の方を眺めている。こんなことをする少年には心当たりがあったので、公園に入ってそばにしゃがみこんでみた。顔を覗き込むと、予想通りの横顔だった。
「おーいたっくーん。話の腰折って悪いけど、今日は何話しとるん?」
声をかけると、彼は顔を上げてこちらを向いた。
「あ、トモ兄ちゃん。んーとね……学校の友だちのこととか、さいきんこの公園によく来るいじわるカラスのこととか」
皆にたっくんと呼ばれる彼が、植物や動物の前でしゃがみこんで「話している」のはこの町ではよく見られる光景だ。よって彼の事を知っている人は多くいるが、大抵は「ちょっと無口で変な子供」と思っているだけだ。私自身彼が本当に「話している」と信じているのか、自分でもよく分からない。でも面白いから見かける度はなしかけていたら、名前と顔を覚えてもらえた。トモ兄ちゃん、だけど。
「何そのカラス、いじめっ子なん?」
「うん。ほかのカラスにちょっかいを出したり、スズメたちを追いかけたりするの。でもシャシャが言うにはみんなと仲よくするのがにがてだから意地をはってるだけなんだって」
彼は一緒に「お話し」をする動物や植物の全てを名前で呼ぶ。どんな膨大な数になるのか想像がつかないが、彼の頭の中には全てがインプットされているのだろう。一方人間の方には興味が薄いのか、前にクラスの人の名前を言ってもらったら片手で足りたけど。
「そっか、カラスも大変なんだねえ。それじゃ、暗くなる前に帰れよ」
私がそう言って立ち上がると、彼は頷いてまた木……もといシャシャのほうを向き直った。彼は動物や食物と「話す」時、声と言う手段を用いない。
家路を進むと、向こうに見るからに意気消沈した様子でとぼとぼと歩いている男子小学生がいた。……おっと失礼。よく見たら私の中3のときのクラスメートだった。つまり今は高校生のはずだ。しっかし相変わらずちっちゃいなあ。あれから背は伸びたのか?
「丸くーん!」
私は手を振りながら彼に駆け寄った。彼はうな垂れていた首を起き上がらせてこちらを振り向く。明らかに疲れた、あるいは何か重要な心配事のある顔だ。その顔が、私を見てさらに不審げに歪む。しかしすぐに晴れた顔になった。
「あ、トモか!」
「正解。てかすぐ分かれよ」
「だってお前完全に男にしか見えねえよその格好」
話しながら彼は笑うが、やはり何処か無理をしている感じが隠しきれていない。何かあったんだろうな。
彼とは家が近いので、帰る方向は同じだ。彼の押す自転車とは反対側に立って、並んで歩く。家まであまり距離も無いので、話せる時間はそう長くない。私は、単刀直入に訊いてみることにした。
「浮かない顔してんなあ。何かあったのか?」
「……いや別に何も。どうしたんだよいきなり」
「意地をはるんじゃありません」
「…………」
彼は俯いて沈黙する。
「はいはい。何、結衣と上手くいってないん?」
彼はビクッと肩をすくませた。「……な、何で分かるんだよ」
「だって丸くんがそんなに落ち込んどるなんてそれくらいしか浮かばんよ」
「僕、中3の頃そんなに露骨に結衣のこと好きだった……?」
「うん。露骨にいちゃついては無かったけど、露骨に片思いしてた」
さらに言えば、結衣の方も丸くんに露骨に片思いしてたけど。でも両方ピュアすぎるから、同じ高校に行ったのにまだ告って無い可能性もあるんだよな。だから言えない。
「何があったか知らんけど、それは後で紗耶にメールで聞くから良いけど」
「おい」
「とりあえずさっきみたいに意地張っとるけんそうなったんやないん?」
彼はすねた様な顔をして沈黙した。当たりだな。純粋なくせに素直じゃないからだ。それは臆病だからだろう。きっと胸が張り裂けそうなくらい好きなのに、重いと思われたくなかったり周りに知られるのが嫌だったりで、それをきちんと伝えられていないのだろう。だから向こうも嫌われてるかもとか勘違いするんだろうな。お互い好きすぎてお互い純粋なもんだからお互いマイナス思考になる。
まったく、キラキラしすぎなんだよお前ら。
「とりあえずトモから言えることは素直になれ、ってことだけやな」
「……自分の事自分の名前でいうのは直ってないのな」
「時と場所はわきまえるようになったよ」
そうやって話しているうち、私の家が近づいてきた。久しぶりに丸くんと話せてよかったな、と思っているとき、丸くんのバックの中の携帯電話がメールの受信を知らせてきた。彼はそれを取り出して確認をする。携帯を開いた瞬間、「遠藤だ」と声を漏らした。遠藤とはイコール紗耶のことである。
彼はメールを読んで何とも言えない表情をした。
「どしたん?」
「……今から龍馬の家に来いってさ」
「おお。ついて行きたいくらいやな」
「遠藤にメールして何するつもりなんか訊いてくれよー」
「もちろん訊くけど教えんよ。じゃあな!」
「おう。バイバイ」
ちょうど分かれ道に差し掛かったので、会った時と同じく手を振って分かれた。バックから早速携帯電話を取り出してアドレス帳を開く。「さやえんどう」と登録されたアドレスにメールを送る。
『今丸くんに会ったら浮かない顔してたんやけど、何かあったん? んで今から龍馬の家で何があるん?』
いつもと同じ白黒メールを送って、返信を待つ。きっとすぐに帰ってくるだろう。事情が複雑だったら遅くなるかもしれないけど。しかし龍馬の家で何があるのかは大体想像できる。紗耶とは考える事が同じだからな。どうせ龍馬の家に結衣がいるんだろう。
あとで全員にメールをして心境を聞いてみよう、なんて思いながら家のドアを開けた。
*
山なし落ちなし。意味もn((
息抜きにのんびりと。