複雑・ファジー小説
- 冬の雨の日 ( No.5 )
- 日時: 2012/10/14 00:23
- 名前: 雷燕 ◆bizc.dLEtA (ID: MuUNITQw)
冬の雨の日
空は重苦しい鉛色だ。それはそのまま私の心の中に侵食してきそうで、ちょっと嫌だった。けれど冬の曇りは嫌いじゃない。晴れてるより少し暖かいから。だから出かけるなら今日にしよう。発売されて1週間近く経ってしまったCDを買いにいこう。
制服を脱いでズボンを穿きフリースを羽織っただけだった服を着替えて、少しは外出に耐えられる格好をする。すぐ近くのTSUTAYAに行くだけだから、あんまり意気込む必要は無いのだけれど。
財布をバッグに入れて、お気に入りの腕時計をして。
「いってきまーす」
誰もいない家の中で大きめの声を出す。返事なんてなくていいの。儀式みたいなもんだって。
家を出て鍵を鍵穴に刺した時、ふと手を止めた。兄は鍵を持っているだろうか? あの人結構抜けてるから、私が帰るまで制服姿で家の前に座っていたりするかもしれない。寒いだろうし、恥ずかしいだろうな。
私は家族の中で「いつもの場所」と呼ばれる家の裏にある倉庫内に鍵を入れて自転車へ向かった。そしたら自転車の鍵は家の中だ。今「兄は結構抜けてる」なんて思ったところなのに。やっぱり兄弟だなあ……。
どうせだから、と歩いて行くことにした。たまにはいいじゃんこういうのも。なんだかいつもと違う新鮮な気持ちになったから、いつもと違う道を通ってみようか。普段無視する曲がり角を曲がる。ちょっと回り道になるけど、それもいいじゃん。
寒い中ひとりで見慣れない道をゆっくり歩いていると、ちょっぴり冒険してるみたいで楽しいのだけれど、ちょっと寂しくなってしまった。
最近兄との関係がぎこちないのが気がかりなのだ。
兄とは小さい頃から仲がよかった。……と思う。あんまり自信は無い。私が兄にべったりだっただけで、向こうは迷惑だったのかも。近頃は兄が部活で遅くまで帰ってこないこともあって、2人で話すことも減ってしまった。私は今でも兄のことが好きだから(勿論恋愛的な意味でなく)、寂しい。話しかけようにも共通の話題があんまり無いし。
「はぁ」
物悲しくなって、ため息をつく。すると、口から白い息が見えた。これがそのまま心のわだかまりで、二酸化炭素と一緒に吐き出せたらいいのに。
そうこうしているうちに、店の明かりが見えてきた。狭い路地から、人通りの多い道へ抜ける。あの人の歌がもうすぐ聞ける、と思うと、今までの気分も少しは晴れて楽しみだった。
「あ」
店のちょっと手前で、ぽつぽつと雨が降り始めた。ああもうせっかく気分が良くなってきてたのに。店へ駆け込む。
俺が家に帰ると、玄関には鍵がかかっていた。インターホンを押しても誰も出てこない。妹の自転車はあるのに。まさかまだ学校から帰ってきてないのかなと考えながら、鞄の中をあさる。……げ。この前遊びに行ったときに別のバッグへ移してそのままだっけ。
この寒い中待ちぼうけは勘弁だ。体を探ると、胸ポケットの中にそれを見つけた。あ、朝に気付いて面倒だったんでここにつっこんだんだ。鍵を開けて家に入る。
「ただいまー」
返事は無い。いいんだ、別に。ただの習慣だし。
リビングには妹の学校の指定鞄が無造作に置かれていた。一度家には帰ってきたようだ。だとしたら、どこかへ出かけたのだろう。そういえばCDを買いたいと言っていたっけ。
2階の部屋に上がって、荷物を降ろした。最近妹とあんまり話さないんだよなぁ。
小さい頃はあいつもかわいくて俺にいつも甘えてきた。どこへでもひょこひょこついて来るもんだから確かに時には鬱陶しかったけど、そんな妹が俺だって好きだったんだ(勿論恋愛的な意味ではない)。けれどお互い大きくなって、中身の見かけだけ何となく大人に近づいて、それが恥ずかしくなったんだろうか。
最近は俺が部活で忙しくなって、ますます溝が出来てしまった気がする。今日は珍しく部活が無かったのだけれど、向こうは知っていたかのようにいないし。いや、知っていたわけではないだろうが。
あ、今月発売された漫画の内ひとつが売り切れててまだ買ってないんだった。部活が無い日なんて珍しいし、ちょっと出かけてこよう。
外に出ても寒くない格好に着替えて、鞄から教科書類を取り出す。空模様は怪しいけど、自転車だから少しくらい雨が降っても大丈夫か。鞄は水を通さないし。階段を下りる。
玄関で靴を履いているとき、ふと動きを止めた。妹は、傘を持ってるだろうか。朝の天気予報では雨が降るかもと言っていたが、妹は天気予報なんて見ない。どうせ持っていないだろう。
俺靴箱を開けて、中に置かれてある女物の折り畳み傘を手に取る。あいつ、俺のことをちょくちょく馬鹿にするくせに、自分だってどこか抜けてるんだ。
「いってきまーす」
家を出るときも声を出す。返事が返ってきたら、怖い。
自転車にまたがって、何度通ったか分からない馴染みの道を走りだした。行きがけか、TSUTAYAか、帰りがけか。どこかで見つかるだろう。
店へ向かう途中は妹に会わなかった。目的地について目当ての漫画を手に取った後、店の中をちょっと徘徊する。でも見当たらない。あれぇ? TSUTAYAだけじゃなくてどこかのコンビニで漫画の立ち読みでもしてんのかな。
俺は代金を払うと、諦めて店を出た。自転車で通ってきた道を引き返す。帰る途中で会えるといいけど……。
そんなことを考えていると、ぽつぽつと雨が降り出してきてしまった。ああ、失敗。結局妹には会えなかった。雨にぬれないよう、帰り道を急ぐ。あいつが風邪なんて引きませんように。
*
二行間で視点変換という荒業。
短めだけど、自分では結構気に入っている話です。