複雑・ファジー小説

優しさの成果 ( No.19 )
日時: 2015/08/31 00:01
名前: 雷燕 ◆bizc.dLEtA (ID: a6RsoL4B)

優しさの成果



 どうしてこう、うまくいかないのだろう。

「どうせなら何か食べよーぜ。ただ待ってても寒いだけやし」
「あ、じゃあ私買いに行くよ」
「俺も行く。二人の分も買うわ」

 奴が立つのに続けて私も立ち上がり、隣に座っていた彼女と彼に笑う。周りは今年最後の花火を見に来たカップルや家族でごったがえしていたが、打ち上げが始まるまでにはまだ時間がある。その間に、二人が会話をして距離が縮まるといいな。人のあふれている階段を下りて後ろを振り返ると、二人は白い息を吐きながら笑いあっていた。うん、いい感じ。

 通路に出て、奴の横を屋台通りまで歩く。さーて何を買おう。おなかすいたし、焼き鳥あたりをがっつり食べたい気分だ。私は奴の存在を無視するように人混みをするすると抜けていった。「そんな速く行かんでやー。話しながら歩こうぜー」という声が聞こえてくるから、ついてきてはいるのだろう。

 うーん、花火会場となると何もかも高いな。一本三百円なんて、焼き鳥は諦めよう。から揚げ屋に並んでいる列に加わった。

「お、これ買うん?」
「うん。マジおなかすいた」
「俺もー」

 奴も私の隣で前の客がいなくなるのを待つ。にやにやにやにや、楽しそうなものだ。

「いやー、お前と花火見に来れるとは思わんかった。この間まであんだけ断ってたのに突然どしたん?」

 ああそんなに嬉しかったか。それはよかった。

「最後の花火彼女と一緒に見に来たいし、彼チキンだからね。セッティングしないと何もしなさそう」
「なにそれ俺おまけ?」
「……やばい否定できない」

 笑ってごまかした。実際、奴は一番仕方なく連れてきたというか個人的にいなくてもいいというか……うんごめん。でも奴がいないと彼女と彼と私だけになってしまうから、さすがにメンバーがおかしすぎるな。いてくれなきゃ困るよ、私の隣にはいなくていいけど。

 彼は奴と違って奥手だから、彼女のことが好きなのに中々アプローチできていない。だからおせっかいで私が二人を誘う……ってのが面目で。実際私が彼と彼女と遊びたいだけだったりする。

 彼女は美人で、そして口うるさい女子が多い中で珍しくおしとやかだから私は彼女が大好きだ。あ、友達としてね? そんな彼女のことを彼も好きというのだから、もう応援するしかない。彼女にも恋人を持って青春を楽しんでほしいし、変な男に彼女はやらんが、彼ならまあ許す。

 何より、彼が幸せでいてくれることが私の何よりの願いだし。

 から揚げの後はクレープを買うことにした。彼女が何が食べたいか分からないけど、外れはしないだろう。人ごみの中をまたすいすいと歩いていると、また後ろから奴の声が聞こえてきた。

「なぁーおまけとかひどくねえ?」
「ごめんごめん冗談だって」

 振り返って笑顔を作る。さすがにあれは辛かったか、申し訳ない。クレープを二つ買って、私の後ろに並んでいた、奴を待ってから来た道を戻り始める。「あ、さすがに待ってくれるんやな」と奴が言ったけど、置いて行くなんてことはさすがに非人道的だからしないよ。

 さっきまでいた階段に着くと、彼と彼女が楽しそうに話していた。今の間ずっと話していたんだろうな。羨ましいという気持ちを拭えない。両方に対して。

 辺りには人がさらに増えていて、私たちがいた場所にも侵入していた。彼と彼女の横のスペースが随分と狭くなってるんですけど……。

「入る? これ」
「ん、入る入る」

 私が笑いながら言うと、彼がまた笑いながら答えた。その瞬間、今日ここに来て本当によかったと身にしみて感じる。しかし、彼の機嫌がいいのは彼女のおかげだというのを意識した瞬間に、黒くてぐしゃぐしゃとしたまとまりのない感情が湧いてくるのはもう知っているので、考えるのをやめた。

 人の間に足場を探しながら上り、彼女の横に座った。本当にスペースがないので肩が完全に触れる状態になる。彼女とこうしていられるのは個人的に嬉しいのだけど、つまり奴と私もこうなるわけで。寒いからいいけどさ。何が嫌って、奴が喜ぶこと。

「はいクレープ」

 彼女に渡して、私はから揚げを食べ始める。クレープなんて自分から買うことはないから、彼女に先に食べてもらわないと食べ方が分からない。奴も食べ始めたので私と奴は無言になったが、彼女は食べながらも彼と話していた。楽しそうだな私も加わりたい。でも、彼の邪魔はしないと決めて来たのだから、やめておこう。

 から揚げを食べ尽くした頃、一輪目の花が夜空に咲いた。私はクレープを手にとる。


 イルミネーションで飾りつけられた町を、人混みにまみれながら歩いた。彼は彼女の隣を歩きたいし、私も彼女の隣を歩きたいし、奴は私の隣を歩きたがるので、四人横並びになろうとするのだけど、こうも人が多いとそれはなかなか叶わない。彼と彼女は相変わらず話しているし、割って入るわけにはいかないので結局私と奴が並んで歩くことになる。この状態が、喜ぶ人が一番多いのだから、やはり一番いいか。

 こんな時期にミニスカートでサンタクロースの格好をしてしるお姉さん方を横目に駅を目指す。

「……ねえ、だんだんこっちに近づいてきてる気がするのは気のせい?」
「ん? 気のせい気のせい。そんでそっちはだんだん離れてる気がするのは気のせい?」
「気のせいじゃない」
「あ、そこは気のせいじゃないんかい」

 私と奴の会話といえばこんなもの。この期に及んでも相変わらず、とは道中奴に言われたことだが、全くその通りだと思う。残念ながら君との関係の進展を望んで来たわけでは、ちっともないからねえ。

 電車を降りるまでずっとそんな感じで、その日は終わった。奴は少し残念そうだったけど、私と出かけたことは多分マイナスなことではないだろうし、彼と彼女は楽しそうにしていたし、そんな二人を見て私は幸せだった。だから勇気を出してみんなの予定を聞いて誘ってみてよかった。と、思っていたのだけれど。

 どうしてこう、うまくいかないのだろう。


「いや花火は正直あかんと思う」

 クラスメイトの友人が言った。奴と私をくっつけたがっている(クラスの多くはそうなのだが)男で、彼と彼女も誘っていいから奴とどこかに遊びに行けと言っていた。それに従ってあのメンバーで花火に行こうと思ったというのもひとつあるのだけど……何が「あかん」のだろう。

「花火なんか、恋人と行くものやん。その気になっちまうって。そこで普段通りはひどいわ」

 「その気」? 今更? 今まで散々あしらってきたのに、友達もつれて花火に行っただけで?

「え、花火と映画とそんなに違う?」

 このクラスメイトと話している時は映画かどっかに行けと言われていたものだけど、私の中ではどちらもそんなに変わらないのだけれど。何故映画なら行けと言うのに花火になると駄目なのだ。

「違う。映画は友達のノリで行けるけどさ」

 花火は違う、と言うのか。もう分からない。こいつのほうが私よりはよほど恋愛経験も豊富そうだし交友も広いし、一般的な感覚に近いのだろう。けれど、それが理解できないのだからもうどうすればいい。

「でも普段からあんだけ言ってるのに今更さあ……」

 よいと思っていたことを否定され、理由が理解できず疲れてしまった私の口からは、そんな言い訳がこぼれてしまった。そこで相手は私にとって最も堪えることを言ってくる。

「とにかく、あの日のせいであいつは傷ついてたぜ」

 マジか。


 会話はそこで終えたけれど、家でも私は悩んでいた。奴に関しては、しょっちゅう話しかけてくるのを冷たくあしらっている。少々では全く懲りる様子はないし、たまにすねたような落ち込んだような様子も見せるがめげないので、ダメで元々、と半分開き直っているものかと思っていた。それがそもそも間違いだったろうか。少しずつ少しずつ、やつも悲しんでいたのだろうか。だとしたらそれは「話しかけてくるな」とまで言えない私の臆病さのせいだろう。希望を持たせてしまう、優しさという名の臆病さだろう。

 どうすればいいのだ。奴が傷ついていたとしたら、今の状態のまま切り離すのは罪悪感で苦しい。しかし好きでもない人間を安っぽく自分の「恋人」と呼びたくは……そこで、結局優先させているのが自分のことであるのにようやく気付く。

 ああ、結局中途半端なんだよな。今のような気持ちで奴と付き合うことはできないからそれなりの対応をしているつもりだが、優しい自分でいたいという願望が邪魔をしているのは分かっている。彼が彼女と結ばれて幸せになってほしい気持ちは本当だが、どこかで自分に振り向くという馬鹿みたいな奇跡を諦めきれていないのも知っている。

 そうだ、彼が早く恋を実らせてくれれば、完全に諦めもつくところなのだ。あるいはもし彼がフラれてしまえば、私も自分の欲望のためにもっと素直に動けるのに。後者をどこかで期待していることはどうしようもなく事実だった。常々自分の利己心に嫌気がさす。

 携帯電話を取り出して彼にメッセージを送った。

『あの日あの子となにか進展あった?
 告白しちゃった??笑』

 彼が突然そんなことを出来る人でないことは大方予想がつくが。しばらくすると返信があった。

『残念ながら。笑
 むしろより気まずくなってしまったかもしれん笑』

 二行目に体が硬くなる。あの日、二人でいる間に何かあったのだろうか。私が聞き耳を立てている間はいい感じだったように思われたのだけど。

 詳しく事情を聴いてみると、なにか特別なことがあったというよりは、二人で長時間話しているということ自体が彼にとって辛い部分もあったらしい。黙ってしまっては退屈させてしまうので話題を提供し続けなければならないプレッシャーとか、そのせいで選んでしまった会話の内容がふさわしくないのではという心配とか。さらには彼女のことを知りたいのもあり話題にしやすいのもあり、質問をたくさん彼女にしたらしい。プライベートなこともきいてしまったので、もしかしたら向こうが気にしているのではないかと気がかりなようだ。彼女からそんな話は聞かなかったが、嫌がっていたら私にも話さないか。

 とにかく、そんなこんなで手ごたえは全くなかったとのこと。

『せっかく誘ってくれたんにごめんな』

 そんな言葉に慌ててそんなことはない、と返す。むしろ私のほうこそ、彼にそんな気持ちにさせてしまったことが申し訳なくてたまらなかった。

 あの日、結局いい結果なんて何一つ無かったじゃないか。奴は私が傷つけてしまったし、彼は彼女に対し気まずさを覚えてしまうし、彼女もそんな彼の相手をずっとしていたわけだし。付け加えてもいいのなら、私も奴と話しながら二人を見ているのはつらい部分がある。その人によって来る人間は、やはりその人の程度を表してるなあなんて、奴に対しとんでもなく失礼なことも思ってしまう。

 考えなし過ぎたのだろう。奴のことにしろ彼のことにしろ。深く考えもせずに思いついたことをよかれと思って、それが優しさだと信じたかった。私が奴の行動を、それを応援する周囲の温かい気持ちを鬱陶しいと感じているように、彼女からしたら私は迷惑極まりないかもしれないのに。

 私は結局私のためにしか動いていない。彼に、彼女に幸せになってほしいとかいうのは心の中での面目で、二人がくっついて彼を完全に諦める理由がほしいだけ。奴にも少しでも楽しんで貰いたいとか思ってるつもりで、人に冷たくすることのできない臆病なだけ。

「……どうしてこう、うまくいかないかなあ」

 私がこんなだからだ。

 ひっそりと、心を殺す覚悟をした。