複雑・ファジー小説

Re: ラストシャンバラ〔A〕 —最後の楽園— 1−1-2  ( No.22 )
日時: 2013/03/05 20:19
名前: 風死(元:風猫  ◆Z1iQc90X/A (ID: 68i0zNNK)

 ラストシャンバラ〔A〕 ——宇宙の楽園——
 第1章 第1話「呪うような声で、誓うだろう」 Part2

 なにも見えない。 
 あぁ、この感覚。乗り物酔いだ。
 俺が小学生だったころはよく悩まされたなぁ。
 テレポートマシンで酔う原因は身体的な相性の問題が大半で、俺はたまたま数少ない適正の低い奴だったわけだ。
 普通のやつは移動中に症状を催したりなんかしない。よく周りから冷かされたものだよ。
 最近はならなくなったと思ってたんだけど、今になってか。ようやく体が馴染んできて、耐性をもったと思ってたんだけどな。
 憂鬱だ。ため息を吐く。もちろん暗闇のなかで呼気の白色なんて見えるはずもなく、いっそう孤独感がます。
 しかし、妙だな。長すぎるぜ。経験上最大でも3秒ていどで漆黒の闇は晴れて、そのあと坂道を転がり落ちて脳が攪拌されたかのような眩暈と嘔吐感がおそってくるってパターンのはずなんだが。
 一抹の不安を感じながらも俺は、むりやり思考を悪い想像からはずそうとする。

 『あれ、こんなに暗い時間長かったか? 視界が遮られた感じになるのはほんの一瞬で、普通ならとっくに眩暈とか吐き気がおそってくるころなんだけど。いや、長年経験していないから忘れてるだけか?』

 不安をまぎらわすためのまじないみたいに、俺は楽観論を何度も胸中で唱和した。 
 だが、体感時間にして30秒以上が経過しても、いっこうに黒は取り払われやしない。
 あきらかに異常だ。俺は知っている。かかるやつは珍しいとはいえ、乗り物酔いするのは俺だけってわけじゃない。
 もともとなりやすかった俺は数少ない事例から、どんな症状が起こるか学び、対策はどうすればいいのかもいやというほど考えたつもりだ。だが、今回みたいに30秒もなにも見えない時間がつづくなんて聞いたことがない。
 俺のまったく知らない現象が今起きている。不安が体中を電撃のように走り、全身の産毛をあわ立たせた。
 やばい。なにかが異常だ。ガチッ。恐怖からくるふるえがガタガタと歯を打たせる。
 上と下の歯が打ち付けあう音は、まるで非常時の警鐘のように聞こえて……
 1分以上たって絶望感を感じはじめたときだった。ノヴァの声が聞こえたのは。

 「さよなら」

 聞き間違えるはずのない声。でも、その声は脳内に直接話しかけているような臨場感があって。
 それなのになんだか今にも消えさってしまいそうな蛍のような儚さがにじんでいた。
 俺は360度すべて見回し、彼女をさがす。彼女の名を叫ぶ声が荒げる。
 
 「どこだ。どこにいるんだノヴァ!?」 

 ノヴァを探していたときの俺はたぶん、必死の形相だっただろう。
 きっと、泣き虫のあいつのことだ。俺の顔見て悲鳴を漏らしているかもしれない。でもそんなのは関係なかった。
 このなにも見えず音さえ響かない無明の地獄で、はじめて色を持った存在を目にできたのだ。俺は歓喜した。
 なんでノヴァの姿だけが暗闇の中で輪郭をもっているんだ。
 そんな小さな疑問もうかんだが、今の俺にとってそんなの些細なことで。
 だけど、俺の網膜に映る希望(ノヴァ)は、俺から少しずつはなれていった。
 なんで。闇の中で聞こえた“さよなら”という言葉が脳内を反芻する。
 このままじゃ一生彼女に会えなくなる気がして、俺は必死でノヴァの背中をおった。
 でも、いくら走っても距離は狭まるどころか遠のくばかりで。俺は叫んだ。血を吐きだすかのような耳つんざく声で。
 
 「待てノヴァ! 行くな! 俺から……逃げないでくれ」

 ノヴァは俺のことが嫌いなのか。
 お前まで俺を見捨てるってのかよ。遠くに行き過ぎて、すでに豆粒みたいになったノヴァの後姿。
 それにむかって俺は吼えた。

 「ウ゛アアアアアアあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁァァァァァァッッ!」
 
 似非宣教師が懺悔するときみたいなポーズで崩れおちて、涙を浮かべながら絶叫する。
 醜態とはこのことだろう。
 喉が裂けて流れだした血の酸味が、口内を支配する。
 不快な味。口からもれる金臭さもあいまって、どうしようもなく気分が悪い。
 肉体的な嫌悪感と喪失からくる絶望が俺を支配する。
 俺の思考はいつの間にか完全に止まって、意識は混沌の闇へと飲みこまれた。

————————

 「ヴォルト! ヴォルトってば!」

 声が聞こえる。
 声変わりしてない小学生みたいに高くて、どこまでも甘ったるい響きをもった声。
 “さよなら”と、地獄の中で俺に伝えた幼馴染の。

 「声が聞こえる。俺は、愛するから逃げないでくれノヴァ」

 感極まって、俺はふるえた声をだす。
 一部始終を知らないノヴァにとっては、まったく伝わらないだろう台詞。
 我ながら開口一番これとはあきれる。
 目を開くとその先には景色があった。たしかに色がついている。
 白色を貴重にしたシックで落ち着く配色窓が開いているのだろうか。風が心地いい。医薬品のにおいがする。病院だ。
 俺は気絶してここに運ばれたのか。
 開口一番変なことを口にする俺に困惑しながら、ノヴァは医者に言われたことを教えてくれた。
 どうやら、彼女の情報によれば俺の病状はそれほど重くはないらしい。
 久しぶりに発症したから長引いたのではないかということだ。案外よくあることらしい。
 そういえば、ネット検索中にそんな項目を読んだ記憶もあるが。
 
 「そうか、大したことないのか。よかった」

 ひとまず安心しておく。
 まぁ、いろいろ疑問はのこるがそれに対する知識もないのに悩んだって、下手の考え休むに似たりで意味はないしな。

 「なっ、なに言ってるのよぉっ! いきなり吐いたと思ったら盛大に倒れこんでさ! よかったじゃないわよ」
 
 目の前にいる心配性を和ませるためにもと思ったのだが、目論見(もくろみ)は失敗に終わったらしい。
 あぁ、こいつにここまで泣かせるなんて、俺は失格だな。なにが失格って、んなの知るかよ。
 ただ、俺は自分のエゴでこいつを泣かせたくないんだ。
 心配性で泣き虫。おまけに思い込みが激しくてかわいい俺の愛しい人。

 「そう泣かないでくれ。お前の涙は俺にとって刃だぜ?」

 手をぽんと小さな頭にのせて、格好つけた声でささやいてみる。
 おもいっきりノヴァになぐられた。
 俺、ザマァ……

 “さよなら”闇の中で一言そう口にして去っていたノヴァはちゃんと目の前にいる。
 いい女だ。俺にはもったいねぇ。単純に綺麗で、しかも愛嬌たっぷりだ。
 顔、人格、声。俺はコイツのすべてをクレイジーなほどに愛してる。
 だから、消えないでくれ。お前がいるだけでさ。
 
 「俺は、幸せなんだから」

 だれにも聞こえないような小さな声でつぶやいた。

 

End

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