複雑・ファジー小説

Re: ラストシャンバラ〔A〕 —宇宙の楽園— 1−1-2  ( No.29 )
日時: 2013/03/05 20:22
名前: 風死(元:風猫  ◆Z1iQc90X/A (ID: 68i0zNNK)

 ラストシャンバラ〔A〕 ——宇宙の楽園——
 第1章 第1話「呪うような声で、誓うだろう」 Part3

 目を覚ましてから1時間あまりが経過した。俺は医者に問題なしと判断され、ノヴァと一緒にレジャー街を歩いている。
 馬鹿みたいに飾られたネオンサインがうざったくて、俺はこの区画が苦手だ。
 路上ライブやコスプレイヤーの姿が目立つさまも、俺にとってはたえ難い。
 だが、そんな見苦しい映像も今は、普段以上にぼやけて見える。
 脳内で無限にループする“さよなら”の声。
 もし、俺が彼女を失ったらどうなるだろう。考えただけで寒気がする。
 俺は確実にノヴァ依存症だ。
 たぶん、関係の断たれかたにもよるだろうが、間違いなく言えることがある。正気じゃいられない。
 たとえば彼女が不慮の事故により命を落としたら、俺はぜったいその要因を作った存在を排除するまで行動するだろう。
 意思をもっての殺人だった場合は、そいつを間違いなくぶち殺す。容疑者のみならず家族までほろぼすに違いない。
 今の俺にとっては彼女が世界で最高の価値あるもので、ほかはすべて大した値打ちもない石ころみたいなもんだ。
 おそらく自分の命さえ——

 「ヴォルト。大丈夫ぅ? やっぱり気分悪いの? お金は私が払うからさ」
 
 ノヴァに服のすそを強く引っぱられて、俺は現実に思考をもどす。
 彼女は不安げな表情を俺にむけている。
 おいおい、お前金ないんじゃなかったのかよ、と胸中でつぶやきながら、彼女の額をつつく。
 ノヴァは驚いて変な声をだしながらよろめいた。
 そんなかわいらしいしぐさをみせるノヴァに、笑みを浮かべ俺は言う。
 
 「お前さぁ。こんなことで一々心配されてたら、俺がもたないっての。だってそうだろう? なんせ俺はこの箱庭を飛びだして、お前と楽園を探しに旅でる男だぜ?」

 ノヴァは笑った。

 「そうだね! ヴォルトはこれからすっごく大きなことをするんだもの! そりゃぁ、たっくさんの修羅場(しゅらば)を経験していくわけで。とにかく、貴方のパートナーが心配性じゃだめだよね! いざってときに動けなくなっちゃうもの」

 おそらく、彼女は分かっていると思う。ほんとうは俺が作り笑いしていること。
 俺の性格を考えた上で、心配しないふりをしている。むりやり納得しようとしているのが、丸分かりだ。
 あぁ、自己満足でノヴァにばかり負担をかけて、彼女をまもるとか馬鹿か俺は。
 そもそも、自分の夢語って、それに巻き込もうとしている時点で矛盾してる。
 いつだって俺は彼女に負担をかけたくないのに、自分自身のエゴで彼女を傷つけちまう。
 きっと、そう簡単には直らないんだろうな。たぶん、一生矯正できない気がする。
 でも、ノヴァはなぜか俺みたいなダメ野郎についてきてくれて。俺も彼女を必要としている。
 だから、せめて彼女にはできるかぎり負担をかけないようにたい。ぜんぜんってのは無理だろうしなぁ……
 俺はちっとも実を結ばない思考をやめると、ノヴァの緊張をほぐそうと頭をなでてやる。
 そして、主人とたわむれる子犬みたいに、うれしそうな表情を浮かべているノヴァに言う。
 
 「そういうことだ。俺だってもうガキじゃねぇんだしさ。心配しすぎるのも体に毒だし。お互いのために、もっとおおらかにいこうぜ」

 言いながら、なで方を最初より乱暴にしていく。
 ノヴァの細くて小さい体がゆれる。嬌声をもらしながらノヴァは、目が回るからもうやめて、と許しをこう。
 それを聞いてなおもしばらく彼女の頭をなで続けて、俺はノヴァの頭から手をはなす。
 どうやら思いのほか、脳がゆさぶられたらしく、ノヴァ定まらない足取りでふらふらと歩いてかべに寄りかかった。
 そして、息を整え表情をゆがめて、ノヴァは俺に反論する。

 「はぁっはぁっ、突然なんなのよぉ。そんなことする時点でガキじゃーん!?」

 まったくそのとおりだ、となぜか感心して俺はうなずく。どうじにすこしやりすぎてしまったかと、胸中で反省する。
 
 「そうだな。 そもそも、ラストシャンバラなんて夢見てるあたりからして、子供っぽいって大半の人間から見られるしなぁ。たしかに考えてみればガキか……でも、俺はやると決めたら、絶対あきらめないからな。そこらのガキより上等さ」

 なんのことを言っているのかすぐに察したノヴァは、微笑をうかべる。そして、嬉しそうな声で俺を肯定した。

 「なに? 馬ッ鹿じゃないの。そんなの分ってるにきまってるじゃん! だから、私は貴方のことがすきなのよ」

 ツンとしていながら、優しさにあふれたセリフ。
 病室でノヴァを目にしてからも長らく反芻されていた“さよなら”という言葉は、もう忘却のかなただ。
 あの闇の中での出来事は、ノヴァが俺に愛想をつかして去っていく前兆だと思っていた。
 でも、こんな純粋に俺を愛してくれているのだから、安心もできる。
 彼女は俺を見捨てないで、一緒にいてくれるって確信がもてた気がするから。
 もちろん、確証はないけど。ノヴァの表情はきわめて普通で、心の底から俺との会話を楽しんでいるように見える。
 大丈夫だ。彼女は俺からはなれない。俺たちは愛し合えている。その確信めいた思いは、きっと気休め。
 信じたいというエゴ。縛られて縛りたい。
 それが俺たちの関係。愛の形。
 そんな、センチメンタルでいいのかこの場合は、なことを考えていた俺の思考は、ノヴァの思い出したような一言で引きもどされる。
 
 「あっ、そうだ。まだ、当初の目的通り時間あるしカラオケいこうよぉ? もちろん、ヴォルトのおごりだからね?」

 唐突に会話がぶち切られた感があるなぁ。
 まぁ、最初からカラオケいくつもりで合流したわけで。お金のない彼女におごると言ったのも。
 いや、待て。おごるとは言っていなかったような。コイツ返す気なくなったのか。
 病院の一軒でチャラとかそういうことじゃないだろうな。そっ、そういえば俺のポケットマネーぜんぜん減ってねぇ。
 そうか、なるほど。まだ、サプライズプレゼントは買っていないってことか。
 ってかなんで、祭りの日にサプライズがあること前提に考えてんだ俺は。
 しかし、まぁ、しかたないか。気絶した俺を医者呼んで、病院につれていってくれたのはノヴァなのだから。
 そのうえ、ずっと俺の目覚めをまっていたわけだしな。

 「分ったよ」

 少しぶっきら棒な言いかたで俺は了承し、再度お金を確認する。
 ギリギリだなぁ。ノヴァがプレゼントくれるんなら、俺もなにか彼女に渡したほうがいいだろうし。
 
 

End

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