複雑・ファジー小説
- 王子様の暴走 ( No.16 )
- 日時: 2013/01/16 16:40
- 名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode
☆ ★ ☆
————2年生Bクラス教室。
今日も始令ベルの音が鳴り終わると同時に教室の中は時計の針の動く音が聞こえるくらいにシンと静まる。
「はい、みなさん、注ー目ー」
講習が始まり出し、黒板いっぱいに書かれた英文を、先生が指示棒を使って熱心に説明している。
それなのに、先生の姿を見ながらも、あたしの頭の中ではさっき高樹くんに言われた『一緒に寝たい』がエコーを付けてセクシーに何度もリピートしている。
またもや今日も講習に集中できないような気が————
(あれ? どこだろう、ここ……)
どこかの旅館だろうか。
何故かあたしと高樹くんは雰囲気のいい純和風の部屋の中で二人っきりになっている。
はっきりした時刻は分からないが、どうやら今は夜の様で、部屋のテラスの窓からは大きなお月さまが見えている。外の庭からリー、リー、と虫の鳴く声、そして池があるのだろうか。カッポーン、と“ししおどし”の風情漂う音が聞こえてくる。
「よぉーっし! 本気でいくからね!」
浴衣をフェミニンに着こなした高樹くんが、気合いを入れて思いっ切り“何か”を投げてきた。
ぼふっ!
あたしの顔に、“まくら”が見事にヒットした。
まさか、本当に本気で投げてくるだなんて……。
あたしは彼の投げたまくらに押し倒されて、尻もちをついてしまった。
「いったー……い。
もうッ! 手加減してよぉ。これでも一応、女の子なんだから……」
片手で顔を押さえ口先をとんがらせながら、あたしはまくらを彼に投げ返した。
「ふふん、僕の勝ち、だね」
キャッチしたまくらをその場に置いて、嬉しそうな顔をした高樹くんが這って近付いてくる。
(……勝ち? ————あっ、そうか。まくら投げして遊んでたんだ、あたし達……)
「じゃ、約束だから……」
高樹くんは立ち上がり、部屋の電気を消して自分の着ている浴衣の帯をスルスルと外し出した。真っ暗にされた部屋の中、ほんの僅かな“月明かり”の照明が、帯を外し、はだけた浴衣姿になった彼をセクシーに照らしている。
(約束、って……何の?)
ワケが分からなくなって聞こうと思ったら、彼の手があたしの両肩に置かれ、そのままお尻の下に2枚仲良く並べて敷かれている布団にそっと寝かせられた。
高樹くんの顔が近い。
はだけた浴衣の襟の間から彼の鎖骨が見えている。男の子の鎖骨がこんなにセクシーだったなんて今まで思った事も無かった。
「もしかして“忘れちゃった”なんて、言わないよね……」
あたしの髪を指先でつまみながら呟く彼。
彼曰く、“約束”というのは、まくら投げ勝負で負けた方の人が、勝った方の人の“いいなり”にならなくちゃいけない……らしい。
(いいなり……って、一体何を?)
「……っふ」
小さく笑った高樹くんが今度はあたしの耳たぶを軽くつまんで囁く。
「ルールだから……ね。————僕の言う事、聞かなきゃダメだよ……」
————カシャッ
「!」
気が付くと、あたしは机の上のテキストの上に左の頬をくっ付けていた。
(しまった! 寝ちゃった!)
テキストの開かれたページは、よだれで濡れてフニャンフニャンになっている。
「おはよ」
(ん……高樹、くん?)
目を擦りながら顔を上げると、優しい笑みを浮かばせた高樹くんが、隣で右手で頬づえをつきながらあたしの顔に向けて携帯電話をかざしている。
「寝顔、ゲット……」
高樹くんは、絶対ヘンな顔のあたしの画像を待ち受けにして机の上に置いた。
壁の時計を見ると、講習が始まってからもうすでに30分近くも経っていた。残り時間は10分……寝ていた時間の方が多い。こんなに長時間寝ていて、よく先生にバレなかったもんだ。でも、気付いてたなら起こしてくれればいいのに。
横目で高樹くんをチラッと見た。するとまたもや彼と目が合ってしまった。
気のせいなんかじゃない。講習の時間中、本当に高樹くんと目が合ってばっかりだ。自意識過剰なのかもしれないけれど、あたしの事を彼にずっと見られている様な気がする。
どうしてだろう。やっぱり、あたしがおかしい子だから?
それとも————
「夢、見てたの?」
机の下で、高樹くんの足が軽くあたしの足に触れてきた。
「わ、わかんない……」
あたしは自分の足を彼の足から離し、イスの脚に絡ませた。
「僕が夢に出てきた時は、ちゃんと覚えててね」
そう言いながら彼は、講習が始まってからすぐ居眠りをしていて同じページのままずっと開きっ放しになっていた、あたしのテキストをめくってきた。
「んーっ」
高樹くんがイスの背もたれにもたれて伸びをしながら、何かを呟きだした。
「昨夜さ、なみこちゃんが夢に出てきたよ。楽しかった……」
あたしの心臓が発作を起こし出した。
だってだって、夢に出てくる、ってコトは————眠っている間、あたしの事を考えてたってコト……だよね?
勝手にそう解釈して、高樹くんが見た夢がどんな夢だったのかを気にしながら……って、気にしてなんていちゃいけない。(殆ど寝てたけど)今は講習の時間なんだから!
自分の胸に手を当て、呼吸を整えて……とにかく、頑張って気持ちを先生の方に集中させた。
……とたん、先生と目が合ってしまった。
「はい、じゃあ武藤さん、この英文、訳してくださーい」
- 王子様の暴走 ( No.17 )
- 日時: 2013/01/25 14:52
- 名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode
☆ ★ ☆
高樹くんが隣の席で良かった。
当てられた問題は、彼にノートを使って伝言してもらいながら何とか答える事ができて本当に助かった。
それにしても高樹くんってすごいって思う。顔立ちだけじゃなく、書く字まで綺麗なのだから。左手で書いてるのに……って、左利きだから当たり前か。
こんなにカッコ良くって、優しくって、頭も良い高樹くんなんだもん。学校では男の子にも女の子にも人気があるに違いない。女の子は放っておかないと思う。絶対……。
色んな意味でドキドキしながらも、今日の講習もなんとか終わった。
特に英語は5教科の中で一番苦手な科目だったので、チンプンカンプンだった。
(そういえば、もうすぐ学校で模試があるんだったっけ……)
急にイヤな事を思い出してしまった。
カバンにテキストと文房具をしまいながら、だんだんと不安になってきた。
せっかく塾に入ったっていうのに。
これじゃあ全然意味無いよ。高樹くんに会えるのは嬉しいんだけど————
『会いたかった』
さっき彼に言われた言葉を思い出した。
(あたしもだよ……)
なんだか塾に通う目的が、勉強をしに来てるんじゃなくて、高樹くんに会いに来ているみたいな感じになっている。そう今頃になって気付いた。
両手で自分のほっぺたをぺチンと叩き、心に決めた。
ちゃんとしなくっちゃ。頑張ろう、あたし!(お母さんに叱られるし)
次の講習からはマジメに受けるようにしよう……。
なんて考えている間に、Bクラスの教室の中には、あたしと高樹くんが二人っきりになっていた。
(わっ!! しまった! もうこんな時間!)
壁の時計を見てビックリした。
隣で高樹くんが、机の上に散らかっているあたしの文房具の片付けを手伝ってくれている。
「じっ、自分でやるから、いいっ」
あたしは彼の手にあるゲロゲロげろっぴの消しゴムをサッと手に取って、中身をグチャグチャに押しこめたカバンの中にコロンと放り込み、教室の外に出た。
ここは恋愛の仕方を教わる塾じゃない!
勉強を————!!
振り返らずに……振り返るのを我慢してあたしは握り締めた両手を大きく振って高樹くんを残して歩き去った。
本当はバスの停まっている駐車場まで一緒に行きたかったのに。
週に2回だけしか逢えないのだから少しでも一緒にいたかったのに。
せめて『さよなら』くらいは言った方が良かっ————
「なみこちゃん!」
あたしの名前を呼びながら、高樹くんが追い掛けてきた。
廊下にいる人達が、みんな一斉にこっちを見てくる。
恥ずかしい。早く外のバスに逃げ込みたい。廊下は走っちゃいけない……って、そんな事分かっているのだけど、この状況にとても耐える事ができなくて、あたしは駆け出した。
「おいおい高樹ぃー、彼女、嫌がってんじゃん。そんなにいじめちゃ可哀そうだぜーっ」
「うむ! もっと優しくして差し上げぬと」
(ああ、もうっ、やっぱり!)
途中で高樹くんの友達が笑いながら冷やかしてくる声が耳に飛び込んできた。
彼らの隣にチラッと松浦くんの姿が見えた。
でも、松浦くんは一緒になって笑ってはいない。
どうしてだろう……。いつもなら困っているあたしの顔を見たらバカにして笑ってくるはずなのに、ものすごく不機嫌そうな顔でこっちを見ている。
そうだ! きっと彼も恥ずかしいんだろう。こうやって、塾のみんなにバカにされているあたしと同じ学校に通っている、という事が————
(お願い高樹くん……もう追いかけてこないで!)
そう心の中で念じ、足の加速度を1段階アップさせた。
しかしそんな念力も空しく、Aクラスの教室の中に残っていた人達までもがざわざわと廊下に出てきた。
みんな、あたし達に向けて指をさして笑っている。
(見せ物じゃ、ないっ!)
真っ赤になったあたしは廊下を全力疾走した。
今1階に行ったら、きっともっと人がいるに違いない。
あたしは階段を降りるのをやめて、3階へ駆け昇った。
静かで暗くて、誰もいない……。
急に走り出したせいなのか、それとも男の子に追いかけられたせいなのか、たぶん両方原因だと思うけれど、ドキドキする胸に手を当てながら、ぐるりと辺りを見回した。
この階は塾の教室としては、おそらく使われていない。
廊下には今では使われていない古いテキストの様な物が入っている段ボール箱や、先生が数学の公式などを書いて黒板に貼るために使いそうな長い紙筒や、テストやお便りを印刷するコピー用紙等が、無造作に置かれている。どうやらここは塾の倉庫のようなスペースとして使われている様だ。ごちゃごちゃしているこの廊下の先は一体どうなっているのか、何の部屋があるのか————暗くてよく見えない。
息を切らし力の抜けきったあたしは、すぐそばの壁にもたれて、ペタンと座りこんだ。
トン、トン、トン、トン……。
階段を昇って追い掛けてきた高樹くんが、あたしを見つけてニコッと微笑んで近付いて来た。
彼は隣に座り、あたしの肩に腕を回してきた。
「……つかまえ、た」
シンデレラに出てくる王子様も、こんな風に追いかけてきて————えっと……どうなるんだったっけ。あれ? 確かシンデレラの履いていたガラスの靴だけしかつかまえられなかった様な……。
————はい。……ってなワケで、どんくさいシンデレラは、簡単に王子様につかまってしまいました。
時計の針が12時を刻んだ瞬間、魔法が切れて、醜い元の姿を彼の目の前で思いっ切りさらけ出したのでした。
リーン、ゴーン……。
『悪い夢を見たようだ』
夜空に空しくこだまする鐘の音と共に寂しく消えてゆく王子様の後ろ姿。
醜い姿……だとはいえ、絵本の挿絵に描かれたシンデレラは可愛かった。
あたしなんか……昔から松浦くんに“バカ”とか“ブス”だとか言われてる、外見も中身も本当に醜い女の子だから、王子様みたいな高樹くんは、こんなあたしを絶対好きになるわけ————
「なみこちゃん……。足はやい……っ」
息を切らしながらあたしの耳元で囁く高樹くんの声が、男の子なのにセクシーに感じてしまう。
彼の声と共に温かい吐息があたしを刺激する。
「恥ずかしいから……みんなが見てる前で、こういう事しないで……」
肩にふんわりと巻きついている彼の腕をほどいて顔を反らした。
すると彼は、今度はあたしの両肩に手を置いて向かい合わせてきた。
「ねぇ……こっち見てよ……」
「…………」(恥ずかしい、って言ってるのに……)
“こっち見て”だなんて言われても、高樹くんの顔をまともに見る事ができない。
「ふっ」
きっと真っ赤になっているあたしの顔を見ておもしろかったのだろう。彼は小さく笑い、あたしの頬に指を添えて顔を覗き込んできた。
「誰も見てないから……いいじゃん……」
薄暗く、シン、と静まりかえった3階の廊下。
息を切らしたセクシーな声の高樹くんの顔が、ゆっくりと近付いてくる。
再び、心臓が発作を起こしだした。
(今度こそ、キスされる……!)
あたしは、息をころして目を閉じた。