複雑・ファジー小説

狙われちゃったくちびる ( No.18 )
日時: 2013/01/28 16:32
名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

「武藤さーん! 武藤なみこさーん!!」


 下の階で先生達が、あたしの名前を何度も呼んで探し回っている。
「先生、来ちゃう……」
 目を開け、あたしは立ち上がった。
 あと3センチ……いや、1センチ? もう少しであたしのくちびるは高樹くんに奪われていた。


 コツ、コツ、コツ、コツ……。
 段々と近付いてくる足音。
 階段の方に目をやると、黒い影が見えた。
 ————誰かが3階に昇ってきた。


「君たち……こんなところで何をしているのかね」
 あたし達を見付け、一瞬驚いた顔をした蒲池先生が、今度は不思議そうな顔をして歩み寄ってくる。
 当たり前だ。講習が終わって、みんな帰らなくちゃいけないはずの時間に関係ない3階に居るのだから。いきなり教え子が消えた、と思いっ切り心配までかけちゃって。


「あ、なーんだ、こんなトコにいたんだー。めっちゃ探したんだぞー」
「おや? ウワサの“なみこ嬢”も一緒でござるな?」


(ウワサ……?)
 先生の後ろから、まだ話したことはないけれど、前に何度かチラッと見た事だけはある2人の高樹くんの友達が歩いてきた。
 塾が終わった時間から、まっすぐ家に帰らず、高樹くんをゲームセンターに行こうと誘っていたお友達だ。2人共、提げGパンにTシャツなラフな格好をしていて不良っぽい感じはしないけれど、片方は茶髪で片耳にピアスを付けた男の子。もう片方は男の子にしては長い髪をサイドをガチガチにピンで留め、トップをちょんまげみたいに縛った男の子。
 多分不良ではないけれど、この手の男の子はなるべく関わりたくない。
 あたしの身体の中に設置してあるセキュリティー機能(システム)が危険を察知して、『上手く逃げろ!』と信号を送る。


「すッ、すみませんでした! あ、あの、あたしっ、高樹くんに悩み事を聞いてもらってたんです。高樹くんはっ……ですね、一緒のクラスですし、席も隣ですし……その、友達だから……」
 とにかく、まずは先生に謝らなければいけないと思い、あたしにしては珍しく冴えた言い訳セリフが勢いでポンポンと出てきた。
(だ、大丈夫、かな? 怒られないかな? 怒られても仕方ないよね……)
 冷たい汗が背中をつたっていく。
 初めは心配のあまり顔を青ざめさせていた先生の顔が少しずつ穏やかになっていった。彼はあたしの肩に手を置き、ニッコリと微笑んだ。


「保護者の方が心配されます。すぐにバスに乗ってください」


 蒲池先生の後について廊下を歩くあたし達。自分の隣にベッタリと高樹くんが寄り添って歩いているのは感じてはいる。彼を見ると、さっきの教室での彼の様子から、向こうも絶対こっちを見ているに違いない。
 あたしは下を向いていた。
 あたしの手の甲にそっと高樹くんの指が触れる。まるで『繋ぎたい』と要求しているかの様に。
 先生に注意をされたそばから……。しかも彼の友達が見ている前で、そんな事なんてできないよ。
 あたしはあえて高樹くんの方にある片方の手を、着ているカーディガンのポケットの中に逃げ込ませた。


「武藤さん、見付かりました!」
 蒲池先生は一階ずつ階段を降りながら、大きな声で報告をしている。先生の少ない髪の毛が海岸の岩に貼り付いているワカメの様に、たっぷりの汗をふくんで頭皮にベッタリとくっ付いている。
 蒲池先生と一緒にあたしの事を探してくれていた先生達は、安心した顔で「気をつけて帰りなさい」と見送ってくれている。
「本当にすみませんでした……」
 マジメにやるんだ、って、さっき決めたばかりだったのに……いきなり挫折。
 階段を降りている蒲池先生の猫背の背中を見ながら、あたしは自分の情けなさに呆れてため息をこぼした。


「んもう、なみこチャンったら。悩みなら、これからは高樹にだけじゃなくって俺達にも打ち明けてくれよ。
 ん? 恋の悩み? ……それともカラダの悩み?」
「上手な接吻の仕方ならば、日々数々の経験を積んだ拙者が手とり足とり腰とり、かつ濃厚に教えて差し上げまつる! 
 ……ところで先ほどから気になっていたのでござるが、一体何センチなのでござるか? おぬしの背丈は」
 あたしの両側に2人の高樹くんの友達が馴れ馴れしくくっ付いてくる。
(身長の事、触れないでよ……)
 この2人……なんだかんだ言って体にまで触れてきそうな予感。
 高樹くんの事は好きだけど、彼の友達は好きになれない。はっきり言って……苦手だ。


「僕の大事な友達に触らないで」
 “友達”というところを強調した口調で、高樹くんはあたしを挟んでベッタリとくっ付いている彼の友達を切り離し、肩に手を回してきた。
「これは愉快。一丁前に独占欲あふれてござるな」
「まだ“友達”のくせに」
 冷やかしてくる友達に『うるさい』と、言い放つ様に高樹くんは肩に回した手に力を入れ、さらにグッと寄せてきた。
「ほう。やるのう、おぬし……」
「ヤれヤれ、ヤっれー、もっとヤれー」
 それでもめげずに、あたしと高樹くんの気持ちもお構いなしに面白がってわざとグイグイと近付いてくる高樹くんの友達。————もう、はっきり言いたい。迷惑だ。
 彼らは、本当に高樹くんの友達なのだろうか————信じられない。


「フーン……」
 ニヤニヤしながら、高樹くんの友達の一人が、あたしのお尻を触りながら聞いてきた。
「ねねっ。なみこチャンって……処女なの?
 あっ、もしかして……もうすでに“あげちゃった”のカナー。いとしの高樹クンに……」

狙われちゃったくちびる ( No.19 )
日時: 2013/01/28 16:38
名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

「コッ、コラ! いい加減にしなさい、君たち!」
 蒲池先生が、広いおでこに血管を浮かばせて怒った。


「さあ武藤さん、早くバスに乗りなさい。ホラホラ、君たちも早く帰りなさい」
 先生は腕時計を見て大きくため息をついた。


 気が付くと、あたしはバスの前に来ていた。塾の外の駐車場と自転車置き場は、もうみんな帰ってしまった様でガランとしている。
 あたしの隣で両手を腰にあてた先生が、片足のかかとを付けたつま先でアスファルトの地面を小刻みにトントン叩いている。きっと、ふざけた態度でなかなか帰ろうとしない彼らにイライラしているのだろう。
「バイバーイ、なみこチャーン」
「応援いたす! さらば!」
 高樹くんのヘンな……じゃなくって、とても特徴的な友達は、投げキッスをしながら大きく手を振り、自転車置き場の方へと走って行った。
「はい、ほらほら高樹くんも。まっすぐ帰るんですよ」
「…………」


「————どうしたんです? 高樹くん、早く帰りなさい」
 先生に何度も言われているのに、高樹くんは全く帰ろうとしないであたしの顔を見つめている。
「高樹ー、おいてくぞー」
 高樹くんの友達が呼んでいるのに、返事もしないで彼はまだあたしの顔を見つめている。
 先生は頭を掻きながら、
「まったく君はいつも……。もう知りませんよ」
 呆れた顔でため息をついて、バスに乗りエンジンをかけた。


(今、何時だろう……)
 きっと松浦くんがバスの中で待ちくたびれてイライラしながら待っている。それに、先生だって早く仕事を終えて家に帰ってゆっくり休みたいに違いない。
「……またね、高樹くん」
 ずっとあたしの顔を見つめたままで動かない高樹くんに戸惑いながら“さよなら”を伝え、あたしはバスに乗ろうと後ろを向いた。


「!」
 突然、後ろから高樹くんに強く抱き締められた。
「友達だなんて……いうな……」
 あたしの耳元で囁く声。高樹くんの激しく刻む心臓の音を背中で感じた。
 バスの窓から松浦くんが、あたし達の方に向けて冷ややかな視線を流している。


「さっきキスできたら……よかったね」
 高樹くんは腕を解き、あたしの肩をトン、と叩いて自転車置き場へと走っていった。