複雑・ファジー小説

なんてったって……バージン ( No.20 )
日時: 2013/01/28 16:56
名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

 暖房が効いているせいで暖かいのか。それともさっき高樹くんに抱き締められて————


『さっきキスできたら……よかったね』


 高樹くんにそう言われた時からずっと震えている指先で自分の下唇を触れながらバスに乗り、松浦くんの隣の席に座った。
「じゃ、出発しますよ」
 バスが動き出した。


「待たせてごめんね……松浦くん」
「…………」
 あたしのせいでこんなに帰りが遅くなっちゃって……。一応、謝ったはいいものの、やっぱり怒っているのか松浦くんは何も言わずに肘をつきながら窓の外を見ている。
(チラッとでもいいから、こっち見てくれたっていいのに……)
 松浦くんがこんな態度をとるのは、あたしに対してだけなのかもしれないけれど、やっぱり彼の心は氷の様に冷たい。……いや、違う。アレは氷なんかのレベルじゃない。ドライアイスだって言った方がいいのかもしれない。
 こんなひとに謝るんじゃなかったと後悔。
 しかも謝るために隣なんかに座ってしまった……と、後悔の2連発。今日の塾を何とかクリアできたと言うのに家に着くまでここから地獄の30分を味あわなければならないなんて……悲惨すぎる。


 
 何だかあたしの人生はこの先もずっと後悔ばっかりの様な気がする。あたしのこの情けない性格が祟って。一日だけでいいから“充実してる”と感じられる様な日を送ってみたい……。
 初めて塾に行く時に、松浦くんに『おまえには友達がいない』とバカにされた事を思い出した。悔しいけれど、こんなに冷たくって意地悪な彼なのに、何故か学校では友達がいっぱいいる。そして勉強ができるからだろう、頼りにされていて、女の子にも結構モテている。
 あたしは隣に座っている松浦くんの顔をチラッと見た。
 スッと通った鼻筋。切れ長の目。どうもこのすました顔がオトナの色気を感じさせるのだろうか、お母さんまでもが彼の事をハンサムだって言っている。
 きっと塾でもそうに違いない。みんな“本当の松浦くん”を知らないから騙されているんだ————
 こんなの、彼の正体を知っているあたしには、ただの冷酷な悪代官にしか見えないのに。
 あたしは膝の上に乗せた手を思いっ切り握り締めた。
「こっ、こんなあたしでもねっ、友達……ちゃんとできたんだよ。
 も、もう一人なんかじゃないもん……」
 震えた声で挑発し、無理矢理作ってみせた得意気な顔で彼を見た。


「……誰だ」
 少し間をおいて、松浦くんはそのまま窓の外を見ながら聞いてきた。
 無理矢理作った得意気な顔が、松浦くんのボソリと問いかける低い声に若干壊される。
「えっと……同じクラスの高樹、純平くん……」


 ガンッ!!
 松浦くんは足で思いっ切り前の座席のシートを蹴り付けた。シートが壊れるかもしれないくらいの大きな衝撃音がバスの中に響き渡った。
「こっ、こらっ! 乱暴はやめなさいっ、松浦くん!」
 ハンドルを操作しながら彼を叱る蒲池先生。
「——チッ!」
 松浦くんは一瞬だけあたしの顔を見て舌打ちをして再び窓の外を見た。


(まっ、負けないもんね……)


     ☆     ★     ☆


「今日は寝ないんだな……」
「……えっ?」


 相変わらず窓の外を見ながらの姿だけど、突然、松浦くんに話し掛けられた。あんなに怒っていたから、もう家に着くまで会話なんてしないと思っていたのに一体どういうつもり————
「だって……眠たくないもん……」
 あたしは小さな声で返した。
「フン、どうせお前の事だから講習の時間に居眠りでもしてたんじゃねーの? ダラダラよだれでも垂らして」
 彼は鼻で笑って、またいつもの様にバカにしてきた。
「余裕だねェ。もうすぐテストだっていうのに……。ハー、うらやましい」
 彼は成績が全教科校内学年トップのくせに、わざと針でつつく様な嫌味を言ってきた。
(……?)
 彼にこんな事を言われるのは、いつもの事だと分かっているけれど————なんだか違う。
 何となく、ただ単にあたしをいじめているだけではない様に感じた。まるで何か面白くない事があって八つ当たりをされている様な————
(気のせいかな? なんだか松浦くん、今夜は特に……)
 確かにさっきシートを蹴り付けて怒っていたみたいだけど、よく考えてみれば“あたしにお友達ができた”事で、どうして松浦くんがあんなに不機嫌になるのかが分からない。元はといえば松浦くんが初めにあたしをバカにしてきたのが悪いんだ。


 とにかく相手の顔も見ないで、ヒドい事をこうやってサラサラッと言ってくるところが許せない。
「べっ……勉強? う、うん 、してるよ。ちゃんとしてるもん……」
 ホントは全然してなくって焦ってるんだけど、さっきよりも小さくなった声で返した。


 バスが赤信号で止まった。
 赤信号……あたしも、もうこれ以上余計な事を言わない事に決めた。
(相当キライなんだな。あたしの事……)
 無表情で窓の外を見ている松浦くんを見て思った。
 ただあたしは……さっき、いっぱい待たせちゃったから、一言謝りたかっただけなのに。
 やっぱり松浦くんの隣になんて座るんじゃなかった。
 こんなに相性の悪い、愛想のかけらもない人の傍にいても、また衝突事故を起こすだけ。バスが止まっている今のうちに、彼から離れた席に移動しようとあたしは席を立った。
 瞬間、信号が青に変わり、再びバスが動き出し、左折をした。
「ひゃあッ!」
 そのままバランスを崩し————なんとあたしは松浦くんの上に倒れこんでしまった。
「イタタタ……」
 気が付くとスゴい体勢になっていた。
 両手を松浦くんの肩の上に乗せて……おそらくあたしはバスが左折をした時に、大胆にも彼の胸の中に顔からダイブをしたのだろう。彼が首に掛けている銀色のペンダントにぶら下がっている十字架の形にクロスした2本の剣(つるぎ)のヘッドが目の前で狂気を放ち冷たく光っている。
 おそるおそる顔を上げると松浦くんの顔があった。彼は目を丸くして固まっている。
「うわっ! ご、ごめん、なさいっ!」
 彼の顔をいきなり至近距離で見たものだから、取り乱して思わず『うわっ』と叫び声が飛び出てしまった。 
 あたしは怖くなって、動いているバスの中にも構わず立ち上がり、彼の傍から逃げようとした。


「武藤さん! 運転中に席を立たないでください。危ないですよ!」
 先生に注意をされ、仕方なくその場に座った。
 すごくイヤそうな顔であたしを見ている隣の松浦くん。彼はまるで汚いゴミでも付いたかの様に上着を両手で払い出した。


「チッ! 痛いのは俺のほうだ」

なんてったって……バージン ( No.21 )
日時: 2013/02/27 16:52
名前: ゆかむらさき (ID: E/MH/oGD)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

(あっ、そうだ)
 実は松浦くんに謝った“ついで”に聞きたい事があった事を今、思い出した。
「ねぇ、松浦くん……」
「…………」
 松浦くんは一瞬だけこっちを見たけれど、やっぱり何も言わずに窓の外を見た。
 絶対聞こえているはず。ここで引き下がったら、あたしの負けだ。
 それにバスに乗る前からずっと気になっていた“アレ”の意味を聞くまでには気持ちがおさまらない。
「松浦くんっ」
 あたしは彼の膝の上に手を置いて揺らした。
「なに!」
 面倒臭そうに彼は鋭い目をして睨み付けてきた。あたしは思い切って……聞いてみた。


「“処女”って……なに?」


「——ッ!! 
 ————はあ!?」
 一瞬、バスの中の時間が止まってしまった様な空気になった。
 隣で松浦くんが、顔を真っ青にして固まっている。
(あれ? 聞こえなかったのかな?)
 松浦くんは何も返してこない。
 あたしはもう一度聞いてみる事にした。
「ねぇっ、処女って、どーゆう意味なのか……」


 キ————ッ!!
 同時にバスも急ブレーキを掛けて止まり、『もう かんべんしてくれ』という様な顔で先生は運転席から首を出して振り向き、あたし達の方を見てきた。


「それ、あいつが……、高樹が言ったの、か?」
 松浦くんが声と体を震わせながら問い掛けてくる。
(こっちが聞いてるのに聞き返してこないでよ……)
 “ソレ”を言ったのは高樹くんじゃなくって高樹くんの友達だったんだけど。
 ————そんな事よりも彼の反応を見ると、やっぱり……いや、絶対意味を知っている様だ。
「知ってるんなら教えてくれたっていいでしょ、ねえっ、処女っ……
 ——もが!」
 松浦くんの大きな手が、あたしの口をガバッと塞いだ。まるで人質に捕らわれたかの様に、彼の腕が首に巻き付いていて身動きが取れない。おまけに息もできなくて、あたしはバタバタともがいていた。
「だまれ……。わかったか……」
 あたしは何度も首を縦に振って松浦くんの手を離してもらった。
「もッ、もうすぐ着きますから、おとなしく座っていてくださいね……おとなしく……」
 先生はオドオドした声でハンドルを握り、バスが再び動き出した。


 松浦くんは、あたしの口を塞いでいた手を自分のズボンで拭いてから、1回咳払いをして、
「経験が、まだ……って事だよ……」
 自分の顔を手で覆い隠しながら説明をしだした。
 説明とはいっても何だか曖昧で、あたしはさっぱり意味が分からず、さらに聞き返した。
「経験……って————何の?」
 空気が再び凍りついた。
「え! ……ええッ!?」
 松浦くんは、あたしの足の付け根の辺りに視線を落とし、顔を真っ赤にして呼吸を乱した。いつもの超クールなポーカーフェイスの彼とはとても想像がつかない顔を見てしまった。返事を待っているあたしの顔を『そんなに見てくるな』という様な顔で何度もチラチラと見ながら、ろれつの回っていない慌ただしい口調で、
「うん……。だっ、だからな……その……せっ……性……」
 と、言い掛けたところでバスが止まった。


「ハイ、着きました! さようなら、武藤さん、松浦くん!」
 ずれたメガネをかけ直している何だか焦った様子の先生に、あたし達はムリヤリバスから降ろされた。
 バスはそのままあたし達の元から逃げる様に去っていった。
(先生も知ってたのかな……)
 結局、あたしだけが意味の分からないまま————
「……むぅっ」
 何だか無性に後味が悪い。
 あたしは心の霧が晴れない気分で、すぐ横にいる松浦くんを見上げた。


「おッ! ——おまえの事だッッ!!」
 怯えた顔で彼は言い放ち、大慌てで家に帰って行った。


 21時過ぎの閑静な住宅街に、松浦くんの家の玄関のドアを閉める音が大きく響き渡った。