複雑・ファジー小説
- 怪し過ぎ! 塾3階の部屋の謎 ( No.24 )
- 日時: 2013/03/06 16:39
- 名前: ゆかむらさき (ID: E/MH/oGD)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode
……パチン。
松浦くんは担いでいたあたしを降ろし、電気を点けた。
「!」
部屋全体がワインレッド色に染まった。天井も壁も床も……全部同じワイン色。
両方の自分の手の平を広げ、顔の前に近付けた。
ワイン色に染まったあたしの手の平……。
(何、このへんな色……)
背後からワインレッド色になり、いつもより増して怪しい雰囲気をパワーアップさせた松浦くんがゆっくりと近付き、あたしの肩にそっと手を置いた。
「ん?
ああ、確かに変だよなァ、この照明の色。
誰かが蛍光灯に細工でもしたんだろ。勉強もしねぇで、こんなことに時間費やして……。
————お盛んな奴等だぜ、全く」
まるで赤ワインの入ったグラスの中に沈み堕ちていくような気分。
ずっとこの部屋にいたら、本当に酔っぱらってしまいそう。
あたしは、おそるおそる部屋を見渡した。
壁にはダーツボードが掛けられていて、床にはホコリだらけのお酒が何本か入った木箱。部屋の端にはボロボロのビリヤードの台が無造作に何台か積み上げられていて、その中の1台が部屋の真ん中にポツンと置かれている。台の上には箱ティッシュ一箱と丸めたティッシュのゴミがゴロゴロと散乱している。
「この部屋が……なんの部屋か、って?」
松浦くんはあたしの両脇に手を入れ、まるで小さな荷物を運ぶ様に軽々と持ち上げ、部屋の真ん中に置かれているビリヤードの台の上に座らせて話し出した。
「ヤリまくり部屋……って、俺たちは言っている。
そういえば、おまえはまだ、この塾に入ったばかりだから知らねぇか」
(やりまくり、べや……?)
ビリヤードをやりまくるのだろうか。————絶対そんなワケがない。
ニヤニヤしながら話す松浦くんの顔を見て、あたしは察した。
集中どころか頭がおかしくなりそうなこの部屋の色。それに……こんなにゴミが散らかった傷だらけの台でビリヤードなんてできるのだろうか————
「この塾のカップル達が、“楽しーコト”スルための部屋……だってさ」
彼はあたしの表情をおもしろそうにうかがいながら、着ているパーカーのえり首から手を忍び込ませ、鎖骨を指でゆっくりと撫でてきた。
「なァ……これ以上言わせる気かよ……。ホントはもう分かってるんじゃねーのか。————いじわるだなぁ、なみこ……」
「……やめてッ!!」
全身に鳥肌が立ったあたしは彼の手を掴んで止めた。
「俺がいつも、どんな気持ちでいるのかも知らねぇでヘラヘラしやがって……。どうせ、恋愛小説なんかの世界にでも夢見て浮かれちまってんじゃねぇのか?
————おまえ……高樹にメチャクチャにされるぞ……」
ワインレッドの照明が、あたしのいかりの炎を増強させる。
「へっ、変な事言わないでよッ! 松浦くんのバカ! 大っキライ!!」
あたしはビリヤードの台の上から、目の前の松浦くんを思いっきり蹴飛ばして叫んだ。
松浦くんはあたしに蹴られて倒れている。
勢いだとはいえ、マズい事をしてしまった。
(に……逃げよう!!)
あたしは慌てて台から降りて視線をドアに向けた。
「——っ! 痛ぇなコラ!!」
彼は起き上がり、あたしを睨み付けて飛び掛かってきた。
「 !! 」
あまりにも予測不能な彼の行動。どうして“こんな事”をしてきたのか————
突然、あたしは松浦くんに強く抱き締められたのだ。
「————これでもまだ分かんねぇのか。……バーカ」
プライドの高い彼の事だから、蹴られた仕返しに10倍返しで反撃されると思っていた。
あたしは恐怖と混乱で松浦くんの胸の中で固まってしまった。
気のせいなのかもしれないけれど、バカにされた言葉のはずなのに何故だろう……。あたしを抱き締めながら耳元で囁く彼の声が少し震えていた様な感じがした。
松浦くんはあたしに何か大事な事を伝えようとしているみたいだけれども、はっきり言ってくれないから分からない。そんな事よりも、身長170センチ近くもある彼に、こうやって力の加減無しで覆い被されている状態で抱き締められていて苦しい。
多分、もう1分以上もこの体勢ではないだろうか。
————いい加減に離してほしい。
『蹴っちゃってごめんなさい』って言おう……。
そう思った時に、彼は抱き締める腕の力を緩め、あたしの顔を覗き込んできた。
研ぎ澄まされた刃のような視線を顔面に突きつけられ、あたしは言葉を失った。
「俺が先に奪ってやる……」
「 !! 」
口の中に広がるミントの味。
あたしのファーストキスは、予想もできない不意打ちで松浦くんに奪われてしまった。
「……じゃあな。楽しかったぞ、なみこ」
あたしのくちびるを指でギュッとつまんで鼻で笑い、彼は一人で部屋を出て行った。
あたしの口の中に、噛みかけのガムを残して————
☆ ★ ☆
(……よし。松浦くん、もういないな……)
“やりまくりべや”のドアを開け、顔を出して覗いて確認をしてから、あたしは廊下に出た。
でも、いくらこんな事をしたって、どうせまた帰りのバスでイヤでも顔を合わせなくちゃいけない。彼からは逃げたくても逃げる事ができない。
さっき、松浦くんに強引に口移しで放り込まれたガムも捨てて、くちびるも箱ティッシュが空っぽになるまでいっぱい使って拭いた。でも……ミントの味が消えただけで松浦くんの味は消えてくれない。
『楽しかったぞ……なみこ……』
勝手にあんな事をしておいて“楽しかった”だなんて……。あたしを見下ろし、いやらしく笑っていた彼の顔も消せない。
せっかく素敵な思い出の場所として胸の中に残しておいた“3階の思い出”が、松浦くんのせいで、今夜一気に最悪の事故現場へと崩れ堕ちてしまった。
思い出したくない……。もう二度とここへは来たくない————!!
あたしは両方の手の平をギュッと握り締め、早歩きで廊下を渡った。
教室に戻ろう。
とにかく高樹くんの前では、何も無かった様な顔をしていなくっちゃ————
「!」
階段を降りようとしたら、2階から高樹くんが昇ってきた。
(どうしよう……。よりにもよって、こんなところで会っちゃうなんて……。3階に松浦くんと一緒にいた事、知られちゃったかも————)
あたしは頑張って何も無かった様な顔をしたつもりだったけれど、絶対、動揺している顔になっていた。
『なみこちゃん』
いつもなら、こんな風に優しい笑顔で呼んでくれる彼が、あたしの顔を見ても何も言わずにゆっくりと昇ってくる。
キーンコーン。
高樹くんが階段をあたしのいる所から1段下の段まで昇ってきた時、始令のベルが鳴り出した。
「————サボっちゃおっか」
驚いている間もなく、あたしの手は彼に握られ、再び3階に連れて行かれた。
————松浦くんだけではない。高樹くんの様子も今日はなんだかおかしい。
「だっ、だめだよ高樹くんっ、戻らないと叱られちゃうよ……。
あたし達、この前も問題起こしてるし……マズいよっ……」
高樹くんに手を引かれ3階の廊下を渡りながら頭の中に色んな事が浮かび上がってくる。
ビリヤードの台の上で高樹くんにキスされて……
服を脱がされて……
キスされて……
いろんなところを触られて……
キスされて————
☆ ★ ☆
気が付くとあたしたちは“やりまくりべや”の前に来ていた。
高樹くんはドアを開けて、あたしの背中を押した。
「僕の事、嫌いだったら————ごめん」