複雑・ファジー小説
- ポケットの中に隠された愛情と……欲望 ( No.56 )
- 日時: 2012/11/26 15:26
- 名前: ゆかむらさき (ID: ocKOq3Od)
☆ ★ ☆
「ごちそうさま、でした。————ゴメンね、なんか……ごちそうになっちゃっ、て……」
どうやらオーダーをした後、あたしがトイレに行っている間に会計を済ませていた高樹くん。お店を出る時に小走りで厨房から出てきた鼻の下にチョビヒゲを生やしたおじさんは、たぶん店長さんだろう。帽子を外し、スキンヘッドを光らせて頭を下げる彼に、軽く片手を挙げて応える高樹くんのカッコ良さに見とれてしまい、うっかりお礼を言うタイミングを逃してしまった。
お好み焼き屋さんを出て、彼の自転車の荷台に腰を掛けたところで、やっとお礼が言えた。
(……あれ? どうしたのかな?)
自転車にまたがったままで、なかなか出発しない高樹くん。
彼の背中から顔を離して指でつついて聞いてみた。
「高樹くん……いかないの……?」
————彼はまだペダルに足を乗せない。
「なみこちゃん……」
ハンドルを握り、前を向いたままで高樹くんはあたしに言った。
「僕のジャケットのポケットの中……探して」
「えっ……みぎ? ひだり? ……どっち?」
「————探して」
ワケが分からないまま、あたしは彼のジャケットの右のポケットの中にそっと手を入れてみた。
「!」
あたしの指先が、何か固いものに触れた。
おそるおそる取り出してみると、それは白いレースの包装紙で可愛くラッピングされた約五平方センチメートルの赤い小箱だった。
まるでドラマなどに登場する“プロポーズ・シーン”の様なロマンチックな演出。
プレゼント……?
一瞬……男の子に“何か”をプレゼントされた様な記憶がうっすらと浮かんだ。 今、“コレ”が、初めてのはずなのに————
きっと少女漫画の読み過ぎなのかもしれない。こんなあたしなんかにそんな過去があるわけがない。気のせいに決まっているだろう。
開けちゃうのがもったいないくらい綺麗に包まれていたけれど、
「……開けて、いい?」
自転車の荷台から降りたあたしは、“婚約指輪だったらどうしよう”などとバカみたいな事を考えながら箱の包みを開けた。
箱の中から出てきたものは————髪の毛の“ピン”だった。
空からさんさんと降り注ぐ太陽の光に反射して、星の形に縁取られた緑色の石がキラキラと輝いている。
「すごく、かわいい……。これ、あたしにくれるの?」
「…………」
高樹くんは自転車にまたがり、何も言わずに前を向いたままでいる。
あたしは髪の毛を耳に掛けて、高樹くんのポケットから出てきたピンで留めた。
「ピン……付けてみたけど……どうか、な?」
やっとふり向いた彼は、あたしの顔に自分の顔を近付けてジッと見つめた。
「すごく……可愛い……」
高樹くんは満点の笑顔であたしの頬を指でつつき、あたしを自転車の荷台に乗せ、走らせた。
高樹くんからもらったプレゼントはこのピンだけじゃない。
彼に初めて出会った瞬間から、眩しい笑顔とドキドキする気持ちをいっぱいもらった。
それは目には見えない、いつまで経ってもずっと失くなる事のない、かたちのないプレゼント————
あたしの胸の中の宝石箱にいつでも思い出せる様に大事にしまっているからね。
「なみこ、ちゃん。DVD……一緒に見ようか……」
「DVD……(……アレか)」
「僕の家に……いくね……」
もう離さない……。
回した腕に力を入れて高樹くんのジャケットをギュッと掴む。
(もう心臓の音、聞かれちゃっても……いいや……)
あたしの鼓動と共に上がり始める高樹くんの自転車のスピード。
————そしてこの後、高樹くんの部屋で待っている……あたしの小さな胸の中には、とてもしまいきれないくらいの……もっとすごい“プレゼント”。