複雑・ファジー小説
- いざ!出陣! ( No.6 )
- 日時: 2012/12/17 14:35
- 名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode
☆ ★ ☆
「はい、着きました。では松浦くん、武藤さんの事お願いしますね」
「……分かりました」
そう返した松浦くんの顔には明らかに『めんどくせぇなぁ……』と書いてあった。
30分もかけて、やっと到着した塾。
“真剣ゼミナール”と縦書きに書かれた小さな緑色の看板が塾の入り口の横にひっそりと立て掛けてあるコンクリート打ちっ放しの質素な3階建てのビルが窓の向こうに見える。
中は一体どうなっているのだろう。早く入ってみたい様な……いやいや! どっちかと言えば入りたくない、っていうのが本音だけど。
“必勝”とか書いてあるハチマキ……絶対したくない。
「あっ、ありがとうござい、ました」
あたしは運転手さんに深く頭を下げてバスを降りた。
松浦くんは彼に軽く会釈をして降りてから、あたしをジロッと睨み、舌打ちをした。
(松浦くんが塾になんか通ってなかったら、こんな目に遭わなくて済んだかもしれなかったのに……)
————舌打ちしたいのはこっちの方だ。
「————ふぅ」
疲れた……。
塾の中に入る前から松浦くんのせいで、かなりの精神的ダメージを負った。
お母さんの言っていた通り、長い……とても長く感じた道のりだった。
ただし、これだけは……“松浦くんが一緒だから安心”は大間違いだ。だって、想像を超える程、心地が悪かったから。
(ここまで遠くに来ちゃったら、全く学区違うなぁ)
塾の入り口の脇にある自転車置き場が騒がしい。
どうやらここに通うあたしと松浦くん以外の生徒達の殆どは自転車で来ている様だ。自転車で通う人が多過ぎて、自転車置き場の中に収まらなかった自転車は駐車場のスペースを利用して停めている。バス1台……あとは先生達の車が3、4台しかないわりにはとても広い駐車場。そして狭過ぎる自転車置き場。
(へんなの……)
思わず塾の3階辺りをふっと見上げた時、気が付いた。
(え? パブ? ……ヤード? な、なんだコレ?)
目を凝らして見てみると、壁に一部か二部か消えかけたピンク色で書かれた文字が残っている。それこそ塾にはとても似合わない、赤いハイヒールとキスマークのデザインが添えられて。どうやらこの塾は、塾になる前にオトナの通う怪しげなお店? だった様だ。これで駐車場がやけに広い意味がやっと分かった。でも————
(やっぱり、へんなの……)
あたしは余計にそう思った。
バカにして笑っただけで、この塾に通う事が今日初めてのあたしの案内をしてくれる気配りなんて、これっぽっちもない松浦くん。案の定、彼はサッサと1人で歩いて塾の中に入って行ってしまった。
(こんな人と毎回バスで行き帰り合計1時間も一緒だなんて……)
あたしは、これまで腹の底に溜まり続けた彼へのいかりを絞り出す様にため息をついた。
自動ドアをおそるおそる抜け、あたしは塾の中に入った。
しかし入ったはいいものの、自分の教室がどこなのか分からない。
自動ドアから続々と塾の生徒が入ってきて、あたしを通り過ぎていく。みんな学校が違うから、という事もあって、なかなか思い切って声を掛けることができない。
(えっと、誰か……女の子で親切そうで、1人の人————)
目だけをキョロキョロとさせながら通り過ぎていく人たちの中から選んでいた。まるでクローゼットの中から自分に合った地味な服を1着ずつ手に取って探しているかの様に。
「ねぇ、君」
たぶん男の子の声だ! 突然、後ろから声を掛けられビックリしたあたしは、反射的に振り返りもしないで逃げてしまった。お願い! 男の子だけは勘弁して欲し————
……だなんて文句なんて言ってる場合なんかじゃない。自分のクラスの教室の場所を聞けるチャンスを結局あっさりと逃してしまったあたし。
しかし幸運な事に、廊下を走って逃げた所に偶然にも職員室らしき部屋をを見付ける事ができた。ドアに付いている小窓にそっと顔を近付け、その部屋の中を覗いてみると、スーツを着た先生っぽい人が何人か見えた。
これでやっと職員室に辿り着けた……とはいえ、いくら職員室だって入るのはもちろん緊張するけれども、こんな所でずっと1人で立ち止まっていたって何も始まらない。うかうかしてる間に講習が始まる時間がきてしまう。あたしは思い切ってドアを開け中に入り、たまたま近くにいたスーツを着ているから多分先生だろう人に背後から尋ねた。
「あのっ! 今日からこの塾に入った2年生の武藤なみこっ、でっす!
えっと、その……あたし……教室が分かりません、くて……」
あたしのヘンな日本語に振り向き、
「おおっ。君が武藤さんかね。真剣ゼミナールへようこそ。
おほほ。初めてだから緊張しておられるのかもしれませんが、そんなに堅くならなくても大丈夫ですよ。肩の力を抜いてください。
2年生?……でしたね。2年生……はい。話は聞いております。今日からでしたね」
異様に“2年生”を強調していた先生。身長138センチ・体重36キロしかないあたしの体型はどう見たって小学生だからかな。
加えて教養のない話し方。外見どころか内面までも小学生。ヘタしたら低学年児童並み……。
口に手を当て笑いを堪えながら対応する先生。そして恥ずかしさを堪えるあたし。いけない……ちゃんと聞いておかないと……。
「しつれいしました……」
ホント失礼極まりない態度だ。これじゃあ第一印象最悪だよ。
ため息をつきながらドアを閉めたあたしは先生に教えてもらった通りに廊下を渡り、階段を昇った。
あたしたち2年生クラスと1年生クラスの教室は2階になっていて、AクラスとBクラスの2クラスに分かれている。
あたしはBクラスになった。
聞いたところによると松浦くんはAクラスらしい。彼と違うクラスになれた事は幸いといえば幸いなのだが、知らない人達ばっかりの中にいきなり飛び込むのには、かなりの勇気が要る。
教室のドアを開けると、学校の教室よりも少し狭く感じるくらいの部屋の中に20人くらいの人達がいた。多分学校が同じ子同士なのだろう。何グループかに分かれた仲良しグループの塊が、机の周りや壁にもたれて楽しそうにおしゃべりをしている。中には静かに1人で本を読んでいる子もいるけれど、バッチリと“わたしに話し掛けないでくださいオーラ”を出している。
手の平に指でなぞった“人”という字を何回も口に入れながらドアの前で立ち止まっていたら、さっきあたし達が乗ってきたバスを運転していた、びみょうにハゲの先生が入ってきた。
彼があたしの肩にそっと手を置き、
「始めるぞー」
講習がいきなり始まり出した。
あたしは慌ててぐるりと教室の中を見回して、たまたま目に入った空いていた席に着いた。
講習が始まると、さっきまで賑やかだったはずの教室の中がまるで空気が変わったように静かになった。
居眠りなんかしたら絶対バレるなぁ……。
なんて、みんな真剣な顔をして先生の話を聞いている中、あたしは一人でくだらない事を考えていた。
「はい、テキスト58ページ開いてくださーい」
講習の大切な時間をムダな時間をとって費やさないためなのか、新入生の紹介はなく授業が進まれていく。
面倒臭い事をしなくて良かったはずなのに、あたしはドキドキしていた。
何故かというと————
- いざ!出陣! ( No.7 )
- 日時: 2012/12/17 15:12
- 名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode
(隣の席の子、どんな人だろう?)
適当に空いていた所に座ったはいいけれど、気になってしまう。
実は塾第1日目早々いきなりやってしまったのだ。
人と関わるのが……特に男の子が苦手だというあたしのくせに、よりにもよって男の子の隣に座っちゃってしまうという大失態を。
せめて女の子の隣だったのなら仲良くなれる確率が少しは高かったかもしれなかったたのに。
「はぁ」
学校だけじゃなくて、塾でも“1人ぼっち”決定、かぁ。結局はこうなる運命に導かれるワケなんだ。ホント情けない。何やってんだろ、あたし……。
壁に掛けてある時計を見るフリをして隣に座っている男の子をチラリと見た。
すると偶然なのか、彼の方も左手でペンを回しながらあたしの方を見ていた。
それが羨ましいほどのサラサラヘア。鼻の周りに“そばかす”を付けた優しそうな、かっこいい……というよりも可愛い顔をした男の子だった。
服装も淡いグレー色の大人っぽいシャツの胸のポケットにМADE IN 外国? っぽいバッジを付けてオシャレにキメている。
彼の顔を見た瞬間、あたしはまるで金縛りに掛かってしまった様に固まってしまった。
今まで、これっぽっちも男の子と関わった事の無い……というか関われないあたしだけど、一応は学校で様々な男の子を見ている。けれど男の子を見て、いきなりこんな気持ちになったのは初めてだった。
(あっ、あたしは勉強をしにきた!)
気を取り戻して自分に言い聞かせ、机の上に置いてあったテキストを慌てて開いた。
なんだろう。この気持ち————
足のつま先から熱いものがカーッと昇ってくる。
「61ページ」
小さな声で呟いた隣の席の男の子は横からスッと手を伸ばしてきて、あたしのテキストをめくった。
もう彼の指を見ただけでドキドキしてしまう。
乱れた気持ちをコントロールしなくっちゃ、と意識をすればするほど余計におかしくなる。
(あたしは、勉強しにきた!!)
再び自分に言い聞かせた。
☆ ★ ☆
それからおそらく15分くらいは経っているはずなのに、目が合った時からずっと隣の席からあたしの体の色んなトコロを撫でてくる様な視線を感じる。
黒板の横で少ない髪の毛を何度もかき上げながら懸命に数学の公式やら何やらを説明している先生。先生の話を集中して聞きたいのに、隣に座っている彼からあたしに向かって一直線にふり注ぐ強力な紫外線の様な視線のせいで、全く聞き取る事ができない。
————もう集中できない。
気になってしょうがない。
あたしは右手に持ったシャープペンを、開いたテキストの間に置き、呼吸を整えた。
そして勇気を出して、もう一度隣の席を見た。
「 !! 」
コレは集中なんかできないはずだ!
隣の席の“そばかすくん”は、さっきよりも更にこっちに身を乗り出し頬杖をつきながらあたしの顔を見つめている。
頭の中でせっせと積み上げ続けてきた公式やら何やらが大きな音を立ててバラバラに崩れ散った。
もう、どうしたらいいのか分からない。
「エへへ……」
顔まで崩し、戸惑いながらあたしは笑った。
あんな風に見つめられたらもう……笑って逃げるしかない。
すると彼は目を細めて優しく微笑み、軽くウインクをしてきた。
☆ ★ ☆
————はっきりいって勉強どころじゃなかった。
結局、始まりから終わりまで、ただでさえ男の子に対して免疫というモノをこれっぽっちも持っていないあたしが、初めて会った隣の席の男の子にずっと見つめられっぱなし……という息の詰まるような講習がやっと終わった。
キーンコーン。
「はい、今日はここまで!」
終了のベルと共に、静かだった教室がざわめきだした。
(ああ、やっと終わった……)
学校の違う人たちに囲まれ、男の子に見つめられ……とんでもないカルチャーショックを味わった。とにかくこの場から早く消え去ってしまおうと、あたしは机の上に置いてある文房具とテキストを手提げカバンの中にかき込んで立ち上がった。
「……あっ! ねえ!」
そばかすくんは、あたしがうっかりカバンにしまい忘れた、小学校の時からずっとあたしの筆箱の中に住んでいるゲロゲロげろっぴというカエルのキャラクターの付いた消しゴムを手に取り、呼び止めた。
あたしの顔は今、絶対に赤くなっているに違いない。こんな顔を彼に見られたくない。
勘弁してよ……。今日はもうこの人とは関わりたくないのに————
消しゴムなんて別に要らないって……と思いながらも、
「どうも……」
彼の手に触れない様に、目を合わさない様に、それを親指と人さし指の先でつまんで受け取った。
その瞬間、彼はあたしの手首をギュッと握ってきた。そのせいで消しゴムは床に落ち、どこかにコロコロと転がっていってしまった。
(なッ! 何するのッ!)
思っただけで言葉にできず、あたしは彼の手を振り払った。
強く突き放した態度にも全く動じず、余裕に「ふっ」と小さく笑った彼は、あたしの全身をゆっくり見て言った。
「可愛いね」