複雑・ファジー小説

裏ストーリー第2話 ( No.61 )
日時: 2012/12/03 18:13
名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)

 キケンなパジャマ・パーティー
 第1夜『難問題・武藤なみこ』


 答案用紙に書かれている問題数はさほど多くはない。しかし問題全てがあいつ……武藤なみこに関わるものだった。


 俺の額から滝の様に汗が流れだす。
 勉強の苦手な奴等がテストで戸惑う気持ちが身に染みてよく分かる。
 隣の席で健が頭を掻きながら数学の問題と戦っている。
(そういえば最近、健のやつ、“武藤の話”してたな……)
 武藤の話————それは確か高樹に武藤の(つまらない)情報を教えて間もない時だった。講習の始まる時間の前の教室の中で————


「なァなァ……。ちょっち俺、小耳に挟んで実はめっちゃ気になっちゃってたりしてんだケドさー、鷹っちィ……って、Bクラスの“武藤なみこチャン”ってコの隣の家に住んでンだろ? もー! ホントみずくさいなぁ。そんな子がこの塾に入ってくんのなら教えてくれたっていーのによー。 
 はぁ……。かーいーよなァ。彼女」
「俺はあんな女が可愛いなんて今までこれっぽっちも思ったことねぇぞ。……ってか健、おまえ彼女いんだろが」
「あーあー、由季ねぇ。まぁ、由季は由季で可愛いんだけど、うん……彼女とは違うミリョク? ……つーの? 色気があるんだよね、なみこチャンには」
(色気? 武藤に? 何言ってんだこいつ……)
 シャープペンのケツを噛んでフタを外して芯を入れながら話す健の言葉が信じられなかった。
 まぁ、“オンナ好き”の健の事だしな……と、軽く聞き流していたが、
「ひゃーっ。なみこチャンのセーラー服姿、一度拝んでみてぇっ」
(こいつ、まじか……)
 数学の答案用紙の端っこを指でつまんで頬を染めてうっとりとろけた目で遠くを見ている健。塾に入った時や否や、ノリが良く素直で愉快な彼に不思議と心が吸いこまれ、すぐに打ち解けて仲良くなったのだが、美的感覚……っていうか、趣味・趣向は俺とはどうやら正反対の様だ。その時、彼のその言葉を聞いた瞬間、明らかになった。笑いさえもでてこねぇ。コレがリアル“空いた口も塞がらねぇ”って言うヤツだ。
 彼の表情を見て俺は右手に持っていたシャープペンを落とした。その時、健は両手を合わせて俺にいきなり謝ってきやがった。どうやら彼は俺が武藤に想いを寄せていて動揺して落としたと勘違いしたらしい。 ……んなワケあるか、ってんだ。冗談じゃない。
 落としたシャープペンを拾った俺は健の替え芯を1本徴収してやった。
「ああ。カーテンもしねぇで着がえるしな。毎日あいつの下着姿見せられて、おかげでこっちは迷惑してるぜ」
「ま、じ、か。それなら今度隠し撮り……」
「……犯罪だぜ、ソレ」
 彼女持ちの男が他の女……しかもあんな武藤に欲情しているとは。
『1度、俺ん家招待してやろうか』
 そう冗談半分で言ってみたら、本気で健は喜びやがった。
 ————と、まぁ、そんなやりとりがあったってワケなのだが。
 健といい、高樹の奴といい……釜斗々中の男共は 女を見る目が絶対にズレている。
 まさに今、俺の答案用紙と健の答案用紙を交換してやりたい気持ちだ。


 ————しかし、どうしたものか。10分も経過したのに1問も進んでいない。


「どうしましたか? 松浦くん」
 俺の席の傍らで蒲池がニヤニヤしながら立ち、答案用紙を覗いている。
「アッ、ハハハハ……」(このハゲ!)
 心の中で彼を罵り、俺は問題と向かい合った。


(適当でいいから埋め尽くしてやる。フン、こんなテストの再試験を受けるのだけは死んでも嫌だからな!)

裏ストーリー第3話 ( No.62 )
日時: 2012/12/03 16:27
名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)

     ☆     ★     ☆


 埋め尽くすとか言ってみたはいいものの……どうすりゃいいんだコレ……。


 第1問・武藤なみこの“チャーム・ポイント”を答えなさい。


(は? チャーム? 何だ? フン……アレがそうかどうかは分かんねーけど……ま、いっか)
 どうして俺が“武藤の可愛いところ”を探さなくちゃいけないんだ。あんまり考えるのは疲れるからやめておいた方が身のためだ。とりあえず俺はまず1問、インスピレーションで適当に答えを埋めた。それにしてもなんだか厄介なノルマ(依頼)を1件づつクリアしていかなくては……という気持ちだ。今まで勉強の問題では1度も感じた事の無かった様な“新鮮”って言ったらいいのか……まさに気持ちの悪い“新鮮さ”。


 第2問・武藤なみこのファースト・キスの相手を答えなさい。


(な……っ! なんだ、こりゃあ! へんなのばっかじゃねーかよ!!)
 武藤が塾に入ってまだ間もない頃、この塾の“ヤリまくり部屋”で俺はムリヤリ彼女のくちびるを奪った。
 ちょっとビビらせて塾から追い出してやろうと思っただけなのに俺はあの時どうかしてたんだ。あんな奴にキスをするなんて……。きっとあいつに『バカ』って言われた事に腹が立ったんだな。武藤のくせに俺に向かって言いやがるんだから。でも……キスで触れた彼女の柔らかいくちびるの感触が、した直後の様に今でもふんわりと残っている。
 俺がいつも誰にも知られない様に気を付けて秘密で読んでいる恋愛小説……タイトルは言うのがちょっと恥ずかしいけれど“乙女・テイスト”。……まあ、こんな俺でもちょっと泣けてしまう純愛ラブ・ストーリーだ。
 その小説の中に記してあった主人公の女の子の名言は確か————


 『女の子のファースト・キスはとても大事なものなの』
(……実は俺も“アレ”がファーストだったんだが)


 あの物語の主人公……強気で自分の気持ちにも素直になれないという性格の女の子は、小さな頃からずっと思い続けてきた男と誰も居ない放課後の教室の中でしたんだが、武藤はいきなり、無理矢理に“大事なもの”を“大嫌いなヤツ”に奪われた……ってコトになる。
 俺は“あの時”の彼女の顔を頭の中にセットして10秒止めた。
(きっとあいつも“アレ”が初めて……だったんだよ、な? 武藤の事だからあんな経験すんの初めてに決まってンな……)
 猛毒を持つ大蛇に全身を縛られながら毒を注ぎこまれて……解こうにも解けない、という感じだった。
 グーにした拳で何度も俺の胸を叩いて抵抗していたから————
 頭の中にセットして10秒止めた武藤の映像を見ながら息までずっと止めていたせいなのだろう、だんだんと息苦しくなってくる。
 突然“初めて”を奪われて、あからさまに『いやだ! 離せ!』と全身で訴えていた武藤。あの後一体彼女はどうしていたのだろうか。


(松浦くんの……いじわる……)
 俺の頭の中に、いきなり武藤のセクシー(?)ボイスが響き渡った。
 そんな彼女がビリヤードの台の上でペタンコ座りをして両手で口を押さえ、潤んだ瞳で恥ずかしそうに俺を見ている。————『責任とってよ……』と。
(やッ! やめろっ!)
 俺は慌てて答えを埋め、リセットした。


 まだ2問目の答えを書き終えたばかりなのに、さっきから額から出る嫌な汗がハンカチで何度拭いても止まらない。
 何故だ……。このテストの答えを考えていると“頭”ではなく“胸”が傷む。こんなテストなんて早くやり終えて楽になりたい。俺は次の問題に目をやった。
 第3問を見た途端、シャープペンを持つ俺の右手がカタカタと震え出した。
(だめだ……。ここでもう限界なのか、俺……)


 第3問・武藤なみこが今、想いを寄せている男の名前を答えなさい。


(……ふっ。今度はこうきやがったか……)
 あの日……そう、俺が武藤に初めてキスをした日の事だ。前半の講習を終えた後、同じクラスの徳永静香に再び“ヤリまくり部屋”に連れてこられた。
 そこで俺は見付けてしまったのだ。ビリヤードの台の脇に無造作に、いかにも急いで脱いだかの様にぐじゃぐじゃに脱ぎ捨ててあった————高樹の着ていたジャケットを。


 高樹と武藤は2人で一緒に堂々と前半の講習をサボりやがったんだ。
 高樹のやつは、俺が武藤をあの部屋に置いて1人で教室に戻った後に彼女を————
(……くそっ!)
 第3問の答えを書き込んでいる途中で俺のシャープペンの芯がバキッと情けない音をたてて折れた。
 折れた細い芯はまるで俺の心(しん)と同じ……。これがもしも夢であるのならば、今ここで机の上に立ち上がってこの答案用紙をビリビリに破ってばらまいてしまいたい。
(くっ! なんなんだ、この気持ちは……。
 あいつが高樹に何されよーと、俺には関係ねーだろー……)


 暑ィのか寒ィのか分からないが、ゾクゾクと震え出す身体。ハンカチはもうベタベタだ。ため息を吐きながら額から吹き出す汗を腕で拭う。
 健の受けているテストも難しかったのだろう。隣の席で『もうお手上げ』という様子の彼が鼻と唇の間にシャープペンを挟んだふざけた顔をして両手の人差し指同士で作った“バツ”を見せてきた。
「15分経過しました。残り時間はあと半分です。……頑張ってくださいね」
 背後からのっそりと歩み寄ってきた先生は俺の脇で足を止めた。答案用紙に目を落とした彼は薄笑いを浮かべ俺の顔を見た。


「ほっほっほ。だいぶ苦戦しているようですね、松浦くん。
 自分の気持ちと素直に向き合うんです。そうすれば簡単にできる問題ばかりですよ」
(ヘンな問題ばっか作りやがって……)


 とりあえずここまで埋めた答えは————
 第1問・(天然ボケ)
 第2問・(松浦鷹史)
 第3問・(高樹)
 俺はその後に続く(ヘンな)問題を次々と埋めていき、やっと最後の問題に辿りついた。
 しかもその問題1問の点数配分が————


 第20問・武藤なみこに対するあなたの正直な気持ちを80字以内で答えなさい。(80点)

裏ストーリー第4話 ( No.63 )
日時: 2012/12/04 16:41
名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)

(……くっそォ! 蒲池のやつに、いっぱいくわされた! 今までの問題を地道に解いてきた俺って一体……)
 しかしコレがラストの問題。 
 俺の本心にモザイクを掛けて遠回しに答えるなどでもしたら減点食らうのだろうか。くっ! テストには常にいつも全力投球の俺が、何、弱気になってんだよ……!
 煌びやかな初日の出の様にツルっとしたヘア・スタイルの蒲池。一見穏やかそうに見えるが、騙されてはいけない。奴の本性は、この俺を今、こんなにもじわじわといたぶって拷問してきやがるナマグサ坊主だ。
 書くか、書かないか。
 やるか、やられるか。
 赤点だけは勘弁だ。武藤ならともかく、この俺様が赤点だなんて冗談じゃねぇ!
 歯を食いしばりながら俺は“1字、1点”という、1問だけ飛び抜けて高得点な最終問題に挑んだ。
 正直な気持ち————
 残り時間はあと5分。
 俺は自分の心の奥底に隠した武藤への乱れた欲望を赤裸々に答案用紙に書き綴った。段々と書いていくうちに筆圧が強まっていき、60字あたり書き進めていったところで俺のシャープペンが答案用紙に穴を開けた。それでもさすがは俺。ピッタリ80字でまとめる事ができた。


「は———っ……
       は———っ……
              は———……


(見直しは絶対ぇしたくねぇテストだな、こりゃ)
 たかが“テスト”でこんなに息切れをしたのは初めての経験だった。


『ビックリしちゃった、あたし。松浦くんが いつもこんなコト考えてたなんて思ってなかったもん……』


 俺の頭の中に、フワフワの純白のシーツが敷かれた天竺付きのベッドの上で胸を両手で隠して後ろを向いて座っている……裸の武藤が現れた。
(うっ! ……わああああッッ!!)
「か……か……かっ、蒲池! センセ——イッ!!」
 俺は教室の外……いや、もしかしたら塾の外までにも聞こえるくらいの大きな声で先生を呼んだ。大きな声で叫んだせいなのか、俺の中にいた“とんでもない格好をした武藤の姿”はこつぜんと消えていた。
 いつもポーカーフェイスを維持し続けている俺がいきなり狂い出した様に叫んだものだから、クラスのみんなは呆気に取られた顔でこっちを見ている。
「おい……大丈夫か? 鷹っち……」
 俺の額に手の平を当てて心配している健。
 あいつのせいだ。いつもあいつが俺の調子を狂わせる。
 頼む! ……頼むから、もういい加減勘弁してくれ……武藤。


「全問埋めつくしてしまうとは……やっぱり、さすがですね、松浦くん」
 気が付けば、いつの間にか俺の席の前に現れていて、俺の答案用紙を手に取って見ている先生がいる。
「ほっほっほ。あれあれ、ほうほう……これはまぁ……。
 なんという情熱のこもった刺激的な解答で……さすがですね、松浦くん」


「 !! 」
(ちょっ! まて! 返せッ……)
 俺は蒲池から答案用紙を取り返そうと思ったが————ダメだった。
 答案用紙を勝ち捕った武将の首の様に天井にかかげて彼は彼らしいおっとりとした口調で俺の前に残酷な言葉を置いた。


「最後……第20問の採点は彼女にしてもらいます」
(か、彼女ぉッ!!)
 嫌な予感がする。俺の全身から血の気がスーッと引いていく。
(彼女、って、まさか……うそだろ……)


「このテストの……“科目”の彼女、です」


     ☆     ★     ☆


 武藤が“アレ”を読んで……採、点……。


 キーン、コーン……。
 講習終了のベルが鳴り、蒲池はクラス全員の答案用紙を集めて教室を出ていった。
(俺の答案用紙……生命(いのち)を懸けてでも取り返してやる!!)
 俺はよろつく足でマルハゲ(蒲池)の後を追った。


“テスト”なんて名は表だけの“暴露アンケート用紙”。
 テスト……その言葉にまんまと騙されて意地になって満点取ろうとして……なんてバカなんだ俺は。
 自分の情けなさをため息に変えて吐き出し、俺は教室のドアを思いっきり蹴って開けた。


(マルハゲの野郎め……。あいつは一体なんのためにこんな事を……)
 俺は平常心を取り戻そうと便所へ向かった。
(モヤモヤするな……。クソッ! 顔でも洗ってスッキリしてくるか……)
「……あん?」
 Bクラスの教室の前にマルハゲを見つけた。————彼と一緒に武藤もいる。
 毛の薄いおでこに手を添えて何やらボソボソと話すマルハゲの顔を見ながら武藤が何度も頷いている。
 俺はゆっくりと2人に近付いていった。
「じゃ、次回の塾の日に渡しますから、最後の問題だけ採点をお願いしますね」
「あ……はい……」
(何、話してるんだ、こいつら……)
 しかし、なんとなく分かった。“アレ”の話だ。絶対。
 俺に気付いたマルハゲはふり向いてニッコリと微笑み掛けてきた。
「おお、松浦くん。申し分けないが、君には2人分のテストの採点をしてもらいます。お願いしますね」
「は!?」(……2人分?)
「はい。2人とも2年生Bクラスの生徒のテストですね。ああ、名前はねぇ、今ここにいる武藤なみこさん。そして……高樹純平くんのです」
(……げ)
 俺はますますマルハゲの魂胆が分からなくなった。俺が混乱している間に彼は階段の方へ歩いていった。


「えへ。“答え”なんてどうせいつも松浦くんに言われちゃってるコトだもんね。……うんっ。覚悟はできてるから大丈夫だよ、あたし」
 俺の着ているシャツの裾を軽く引っ張りながら小さく震えた声で言う武藤。“大丈夫”などと強気な事を言っているわりには俺の顔を見れないで下を向いている。
「フン!」
 俺も彼女の顔を見ず背を向けて自分のクラスの教室へ戻った。


(見た瞬間……腰抜かすぞ、バーカ)

裏ストーリー第5話 ( No.64 )
日時: 2012/12/15 17:46
名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)

     ☆     ★     ☆


 教室でテキストと文房具をカバンの中に片付けていると、隣の席で健が机の上にベッタリと顔を付けて突っ伏せている。
「あー、だめだー。もーこの世の終わりだー」
 どうやらさっき受けたマルハゲテストの手応えが相当悪かったらしい様子で泣き事を吐いている。
(“この世の終わり”……俺の気持ちだ、それは)
「じゃ……じゃあ、な」
 苦笑いをして俺は健の背中に軽く手を置いて去ろうとした。
 と、そのとき……(ん? このにおい……)
「鷹殿っ!」
 特徴のある“時代劇口調”で話すこの男。声を掛けてきたのは、健とよくつるんでいる“聖夜”というやつだった。
 彼の腕に、まるで磁石のようにベッタリと密着し、うっとりとした顔をしている女……徳永静香がいる。
(こっ、こいつら一体いつの間に!)
 徳永静香は確かつい最近まで俺のことを好————


「んねェ、早く帰ろうよゥ。聖夜クゥン」
(聖夜クゥン? ……っつーか、乗り換え早過ぎねぇか? この女……)
「あっははははー……オホン。……とまあ、こういうコトなのでお先に失礼いたす、鷹殿。健殿っ。」
(捨て猫を見事上手いタイミングで拾いやがった……と言ったら彼に悪いが)あからさまに下心丸出しのニヤけた顔で聖夜は彼女を連れて教室を出ていった。


「おーい、いるぅー? 健ーッ」
 聖夜達と入れ替わりにドアからBクラスの健の彼女(確か名前は由季……だとか言ってたっけ?)が入ってきた。
「お? いるじゃん」
 彼女はゆっくりと俺たちの机の方に近付いてくる。俺と目が合った彼女は、軽く会釈をして健の傍に立った。
「あーあ、死んでるねー……。おいコラ! 起きろッ、このッ!」
 彼女は彼の頭をぺチンと叩いて強引に教室の外へ連れ去った。


(女……なんて、あんな面倒くせぇ生き物なんかとよく付き合うよなァ……あいつら。全く感心しちゃうぜ。ハッ!)
 俺は教室のドアを蹴って開けた。


「ひいっ!」
 ドアの外にイチゴ柄の散りばめられたガキくさいデザインのカバンをぶら提げてつっ立っている武藤がいた。彼女はビックリした顔で俺の顔を見ている。どうやら向こうもドアを開けようとしていた様だ。もし、そいつが武藤ではなく別の奴だったのなら俺は『ごめん』と謝るのだが————


「フン! なんだ、おまえか。Aクラスに何の用だ」
(高樹はいねぇな。もう帰ったのか?)
 どうしてだろう。俺は彼女と一緒に高樹が居ない事に安心している……のか?


「うん……」
 俺の傍で武藤が入り口から首を出して教室の中を見回している。
 目の前にある彼女の頭から漂うシャンプーの甘い香りが鼻をくすぐる。
 ————今、気が付いた。彼女の様子がいつもとどこかが違うと思っていたら……やっぱりそうだった。髪の毛を今日はピンで留めている。 星の形に縁取られた緑色の石の付いた小さなピンがキラキラと光っている。それはまるで俺に自分の存在をアピールしているかの様に挑発的に妖しく。
 無意識で俺は、彼女の頭のピンから耳へ……首すじ……そして胸に視線を向けていた。


「……ねぇ、松浦くん」
(わっ!!)「な……っ! なんだっ!?」
 いきなり彼女がこっちを向きやがるから、俺の心臓が体の中で大バウンドした。
「由季ちゃん……Aクラスに来たと思うんだけど、もしかして、もう帰っちゃった?」
 俺は口の中に溜まった唾液を飲み込んで答えた。
「……フン! とっくのとうに帰ったわ」


「……俺はもう行くぞ」
 俺は廊下に出て、早歩きで武藤から逃げだした。


(“由季ちゃん” か。……あいつ友達、できたんだな)
 まァ、女の友達ができた……って事は、これから俺の周りを武藤にちょこまか付きまとわれる事も無くなるだろうし、この間の様に答え辛い変な質問を俺にしてくる事も無くなるだろう。
 安心(と、少しの寂しさ?)を込めて俺は小さく息を吐いた。
 駐車場へ向かって歩く足取りがとても軽く感じる。そうだ。女同士で仲良くやってくれれば有難い。そのまま徐々に武藤の心から高樹が離れていけばいい。
 ————断じて俺は武藤に対して愛の感情はこれっぽっちも無い。ただ単に彼女の幸せを妨害してイジメてやりたいだけだ。
 あいつの悲しむ顔は、俺にとって最高のご馳走だから。
“俺はあいつを好きじゃない”————何度もそう自分に言い聞かせながら歩いた。


 開いた自動ドアからふと夜空を見上げると、黒い雲の隙間からチラリと月が俺を覗いている。
 陰でひっそりと隠れていやらしく覗いているその月がまるでマルハゲの様に感じる……。


 俺の弱みは“あの”テスト。
 次の塾の日はあと二日後。それまでに“アレ”を何とかしなければ……。
 武藤に見られる事の無いように。

裏ストーリー第6話 ( No.65 )
日時: 2012/12/15 17:32
名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)

     ☆     ★     ☆


 駐車場に停めてあるバスに向かい歩きながら、俺はずっと考えていた。
 俺が思うにマルハゲは、普段テストを職員室の棚の中に鍵を掛けて保管している。その鍵は、彼がブリーフバッグと一緒にいつもジャラジャラと何本かぶら提げて持ち歩いている鍵の束の中にあるに違いない。
 俺はマルハゲの油断したスキを狙って鍵を奪い、なんとしてでもあの……“教科・武藤”のテストをこの手に取り戻す作戦を練っている。
 明後日の塾の始まる時間までがタイムリミット————
 今夜の帰りのバスの中で……もしくは明後日の行きのバスの中でやるしかない。……本当にできるのだろうか。
(……くそっ! 絶対ぇにやってやる!!)


 俺はバスの前で足を止め、取っ手に手を掛けドアを開けた。
 マルハゲはまだ来ていない。
 彼の鍵を奪ってやるには、運転席のすぐ後ろの席が絶好のポジションであると俺は見た。
「まっ、待って」
 ドアを閉めようとしたら武藤が来ていた。
「チッ! 早く乗れよ、寒ィだろうが。……俺が」
 生意気にほっぺたを膨らませてなんかしやがって彼女はバスの中に入ってきた。
『いちいち、うるさいなぁ、もうっ。松浦くんなんて……大っキライ!』
 何も言わずスッと俺の前を横切った彼女ではあるが、明らかに顔がそう言っているかの様に感じる。言いたい事があるなら面と向かって言えばいいのに、昔からそうなんだ。こいつの心の中で思っている事は表情(かお)からダダ漏れなんだ。
 高樹に対する表情と俺に対する表情があまりにも違い過ぎて腹わたが煮詰まって腹が焦げつきそうだ。
 マジでこの女……存在自体が鬱陶しい。こんなやつに俺がいちいち気にしないでいればそれでいいはずなのに————
 悔しい。認めたくなかったが、マルハゲテストの“俺の苦手科目”は大当たりだと思った。
「フン!」
 俺は思いっきり力を込めてドアを閉めた。


「!」(……クソッ!)
 なんということだ。
 武藤が俺の座ろうとしていた運転席の後ろの席にすました顔で座っている。
「つめろ」
 俺は強引に武藤の隣の席に座った。
『え!? どうしてこんなに席が空いてるのに、わざわざあたしの隣に座ってくるの?』
 きっと彼女はこう思っているに違いない。
 勘違いしないで欲しい。俺はこいつの傍にいたくて隣に座ったワケじゃ無い。
 マルハゲから鍵を奪うためなんだ。


「……マルハゲ遅ぇな」
「? まるはげ?」
「蒲池だよ」
 多分俺を視界に入れるのが嫌で窓の外を見ていた武藤が、少し怒った様な顔でこっちを見てきた。
「松浦くん。先生の事、そんな風に言っちゃ、だめ……」
 怒っているわりには俺の目を見る事すらできずに声を震えさせている。
(こいつ……。ムリして強がっちゃってやがる)
 ちょっと面白くなってきた。
「フン! ああ、そう。あーゆーオトコがいーのか、おまえ。ああ見えて蒲池独身らしーぜ。ハゲてるけど歳は30前半。おまえに対してなんか異様ーに優しーし、意外にロリコンだったりすんかもな。……こりゃお似合いだぜ! ハハ!」
 武藤は目に涙を浮かべて、今度は俺の目を見て睨んでいる。
「もう知らないッ! 松浦くんなんてッ!!」
 ほっぺたを膨らませて彼女は再び窓の外を見た。
 気のせいだと思いたい。
 さっき俺の事を睨み付けてきた武藤の顔が一瞬だけ……可愛く見えた。


 ————絶対気のせいだ。
(いい気味だ。この席に座らなきゃ良かったな。バーカ)


 それにしても、ここまで言われて怒っていながらも武藤のやつは席を動かず俺の隣に座っている。
(意地張りやがって……)
 腕と足を組んで俺はシートの背もたれにのけ反った。
 武藤のくせにこの俺に対抗してきやがるとはなかなか度胸がある。
「チッ!」(気にくわねーな……)
 ……なんて舌打ちしながらも俺は、窓の外を見ている彼女のショートカットの髪と襟足の間から見える白い“うなじ”を見ていた。
 細い首……。小さな肩……。
 武藤の身体を視線で撫でながら、以前このバスの中で釜斗々中の3年の“ゴリラ野郎”に襲われそうになっていた彼女を助けた時の事を思い出した。あの時俺は、恐怖で震える彼女を抱き締めてキスをした。
 いくらなんでも、いきなり初めてあんな野郎にヤられるのは、ちょっとな……と思って。
 実はアレは“助けるためにキスをした”わけではなかったのだ————


「ねぇ、松浦くん……」
 俺の方に目を向けず、窓の外を見ながら彼女は小さな声で話し掛けてきた。
「先生おそいね……」
「ああ。遅い、な」


『彼女とは違うミリョク?……つーの? 色気があるんだよね、なみこチャンには』


 ————前に塾で健が言っていた言葉だ。
『こいつ、ワケの分からない事言いやがって』
 あの時はそう思っていた。
 そう、あの時も……武藤を助けるためにキスをしたのではなかった。
 彼女を————“助けるフリをしてキスをした”。


「……ひいっ!! なッ! なにッ!? 松浦くんッ!!」


 窓の外を見ていた武藤が目を大きく開いた顔で俺を見て叫んだ。
 自分でもよく分からない。熱を帯びた激しい感情が俺の中で湧き上がり暴れている。今までどんな女に対しても、こんな気持ちになった事など無かったのに。
 俺は無意識で————彼女の手を握っていたのだ。
 湿気った石炭に火を点けやがったんだ。こいつが……。


「おまえ……いったい俺に何しやがったんだ……」
「ええっ!? えっ? ……え?」
 いきなり俺にこんな事言われて当たり前だ。武藤は頭の上に“?”をたくさん乗っけた顔で驚いている。
 分かりそうで……分からない。
 武藤を無性にいじめたくなる気持ち……。そして高樹の言葉がモロに引っ掛かって、やるせない気持ちが。
 そういえばマルハゲがテストの時に言っていた。


『自分の気持ちと素直に向き合うんです。そうすれば簡単にできる問題ばかりですよ』


 俺は武藤を————