複雑・ファジー小説

裏ストーリー第7話 ( No.68 )
日時: 2012/12/17 15:22
名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)

 いや! 好きじゃない。
 愛してなんかいない、はず————


 一体俺は武藤に何をしようとしているのか、何をしたいのか正直、自分でも分からない。
 こんなやつに愛の感情なんてこれっぽっちも無いはずなのに、こんな事しちまうだなんて。
(こ、これじゃあ、あの時の“ゴリラ野郎”と同じじゃねぇか!!)
 俺は慌てて握っていた武藤の手を離した。それと同時に、彼女は両手をサッと自分のももの下に隠しやがった。まるで痴漢行為をされた女の反応じゃねぇか……コレ。
 こんなガキくさい女に俺の方から手を出しちまうなんてどういう事だ……。俺は相当女に飢えているのか?
「チッ!」(こんな女……)
 俺はもう一度ゆっくり彼女を見た。
 彼女は頬をピンク色に染め、ももの下に両手を隠したまま窓の外を見ている。
 こんな女に……。認めたくないけれど、俺は彼女に意識をしている。その証拠として俺の心臓が今、壊れるくらいの勢いで暴れている。


「なっ、なんかへんだよ……今日の松浦くん」
「…………」
「……松浦くん?」


「アハハハハハハ……! フン! おまえのせいだ」
 俺は武藤の肩に手を回し、彼女の耳元に顔を近付けた。
「無視してんじゃねぇ。腹立つんだよ、おまえ。
 高樹とイチャイチャ、イチャイチャと、そっこらじゅうで見せ付けやがって……」
「えっ? なに? ……え?」
 腕の中で武藤は目を大きく開いた顔で俺を見ている。逃げようとしても逃げられないで……まるでトラに捕まり、食われる寸前になっている小鹿の様に震えている。……無理もないだろう。なんせ、こんな事をしてくる相手が高樹じゃなくて“俺”なんだからな。
「いい加減にしろ。この鈍感女……」
 俺はもう片方の手の平を武藤のあごに添えて顔を近付けた。


「すみません! 遅くなりました!」
 運転席のドアを開けて、マルハゲがバスの中に入ってきた。
「……チッ!」
 俺は慌てて武藤の肩とあごに触れていた手を離し、今度は逆に武藤の体を窓際に押し付けた。
「結構な時間、待たせてしまいましたね。……すぐ送ります」
 ジャラジャラと5、6本ぶら提げている鍵の束の中からマルハゲは1本の鍵を取り出し、エンジンを掛け、バスが動き出した。


 マルハゲが来るのがもう少し遅かったら、俺は武藤に———— 
(フッ……。笑っちまう、な……)
 いつも思っただけで素直に動けない……まるでエンジンを空ぶかししている車の様な俺だ。
 残りの鍵の束は無造作にマルハゲのブリーフバッグの中に入れられて、いつもの様に無防備に運転席と助手席の間のスペースに立てて置いてある。


「寒かったですよね。今、暖房いれましたのでじきに暖かくなりますよ」
(寒くなんかねぇよ……。暑ィぐらいだ)


     ☆     ★     ☆


「ひゃっ!」 
(ちょっ、ちょっと……おいっ!)
 バスが走っている途中、急カーブに差し掛かり、武藤が俺の肩に寄り掛かってきた。 
 さっきAクラスの入り口のドアの所で嗅いだ彼女の頭のシャンプーの香りがフワッとした。彼女は何も言わずに体を起こし、元の体勢に戻した。……もう少し彼女の香りを嗅いでいたかったのに。


「!」
 気が付くとマルハゲのバッグが横に倒れている。バッグのふたが開いており、中から鍵の束が飛び出しているのが見える。彼は塾の講師兼、バスの運転手。忙しい中、少しでも早い時間に俺たちを家に送り届けようと急いでいたせいなのか、バックの留め具をロックする事を忘れてしまっていたらしい。
 鍵の束は、なんとか足を伸ばしたら届きそうな位置にある。————俺は運が良かった。
 目の前に裸で転がっている鍵の束。その鍵の中に学習机に付いている様な薄っ平い小さな鍵がある。その鍵には他の鍵とは違う、100円ショップに3つセットになって売っている様な安っぽいキーホルダーが付いていて文字が書いてあった。————“資料保管棚”と。
 床の上で光っている棚の鍵。この鍵を奪えばあの答案用紙を取り戻す事ができる。
 マルハゲは俺が鍵を奪おうとしている事など全く気付いていない様子で、鼻歌を歌いながらハンドルを握っている。


 チャンスは充分にある。……それなのに俺は鍵を奪おうとはしなかった。バスに乗る前までは、あんなに必死にマルハゲから鍵を奪う事を考えていたのに。
 今はもう鍵なんて欲しくない。……欲しくなくなった。


 鍵なんてよりも……もっと欲しいものができたから————


 交差点でバスが赤信号で止まった。
「先生。バッグが倒れてますよ」
 そう言うと先生は俺に礼を言い、飛び出した鍵の束をバッグの中にしまい、今度はしっかりとロックをして置いた。


 信号が青になり、バスが動き出した。
 俺の隣の窓際の席に、さっきキスをしようとした時からずっと無口でいる武藤が、いつかまた俺に手を握られると思って警戒をしているのだろう、あのまま変わらずももの下に手を入れたまま下を向いて座っている。
「プッ!」
 思わず笑ってしまった。
 武藤は笑った俺の顔を見て、珍しいものを見てしまった様な顔で目をぱちくりとさせている。
 『ゴメン』……そう言って、高樹がやっている様にあのいい香りのする彼女の頭を撫でてみたかったかったけれど……できなかった。


「おい。……おまえ、今日のテストの“デキ”は、どうだったんだ?」
 実はこれが今、1番気になっている事。俺はさりげなく聞いてみた。
「〜〜〜♪」
 わざとらしいタイミングで、マルハゲがあの有名歌手“オザキ”の“I love you”を鼻歌で歌い出しやがった。
「できなかったよ……。だって松浦くんって分かんないとこだらけなんだもん。チャーム・ポイントなんて、無いしさ……」
 チャーム・ポイント?
 どうやら武藤の受けたテストの内容が、最後の問題以外も俺の受けたテストの内容と全く同じらしい。
「そんなに知りたいのか。俺の秘密……」
 彼女の困った顔が見たくて、俺はわざといたずらに微笑み、問い掛けた。
「別に……」
 彼女は予想通りのリアクションで俺から目を逸らし、窓の外を見た。
「答えだけじゃないよ。だって、あのテスト……問題の意味も分からなかったんだもん」
「……プッ。バカだもんなァ、おまえは」
「じゃあ全部分かったの? 松浦くん」
「フン! あたりまえだ。全部埋めた」(……っつーか、埋めてしまった)
「やっぱりすごいよね、松浦くん。あたし最後の問題だけだよ、答えられたの……。でも、あのテストの最後の問題が松浦くんに採点されるだなんて思ってなくって……やだなぁ、なんか恥ずかしいな……」
「…………」(恥ずかしい?)
 俺は最後の問題に武藤がどう答えたのか少し……いや、かなり気になった。
 もしかして、こいつも……俺みたいな答えを書いたのだろうか。


「ねぇ、松浦くん……」
 窓の外を見ていた武藤がゆっくりと上目遣いで俺を見て、手の平を擦り合わせながら聞いてきた。
「……なんだ」
 嫌な予感がする。このパターンは確か前にも……。
(こいつ……。また変な事聞ーてきやがるんじゃねぇだろうな)


「えっと……“たいくらい”って、なに?」
「はあ!?」
 案の定、俺の嫌な予感が的中した。「なんだ、それ!」————俺の方が聞きたい。
「漢字が読めなくって……。テスト終えた後、由季ちゃんに聞こうと思ったんだけど帰っちゃったみたいだったから……」
(“たいくらい”……テスト……。ああ、アレか)
 確か、マルハゲテストの第19問目の問題————“武藤なみこの好きな体位を答えなさい。”
“経験してないから分からない”……と、答えた問題だ。
「そ、そんなの口で説明してもわっ……分かんねぇよッ!!」
 俺が曖昧に返すと、運転席で鼻歌を歌っていたマルハゲが突然吹き出していやらしく笑い出した。


(くそっ! 俺にならともかく、こいつにあんなヘンな問題出しやがって……このハゲ!!)

裏ストーリー第8話 ( No.69 )
日時: 2012/12/17 15:16
名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)

「もうすぐ着きますよー」
 彼は再び“I love you“を、今度は歌詞を口ずさんで歌い出した。
 信じられない。こんなのが塾の先生をやってていいのか。俺は彼に対して疑問を……いや、疑問というよりもいかりを抱いた。
 もう“たいくらい”の事はどうでもよくなったのか、以前の様に納得いくまでしつこく聞いてくる事などはしないで俺の隣で武藤はおとなしく窓の外を見ている。
 今、彼女は窓の外を見ながら一体何を思っているのだろう。
 今夜の晩メシのことを考えているのか。
 近々学校で行われる模試のことを考えているのか。
 それとも……高樹の事を考えているのか。
 嫉妬。欲望。————そして愛情(?)
 フロントガラスから街灯の光を受け、広いおでこで反射をさせながら甘い声で歌うマルハゲ。
 彼のラブソングをバックミュージックにして俺の中の3つの感情が昂ってゆく。
 せめて……ほんの少しでもいいから俺の事————


「はい、着きました」
 バスは俺たちの家のそばで止まった。
「遅くなってしまい、すみませんでした。気を付けて帰ってくださいね。さようなら」
 マルハゲは運転席から顔を出し、俺たちの方を見て微笑んでいる。
 こいつは俺の気持ちを知っている。こいつだけじゃない。あいつ……高樹だって……。
 俺の気持ちを一番知って欲しい人に気付いてもらえずに……しかも嫌われちまっているときている。
 なんて不器用なんだ俺は————
(……クソッ!)
 本当はやつのツルッツルンのおでこに向かってつばを吐き飛ばしてからズラかりたい気持ちだったけれど、
「チッ!」
 舌打ちだけで我慢して俺は武藤の腕を掴み、マルハゲを睨み付けてバスを降りた。
 バスは俺たちを降ろして去っていった。
 シンと静まりかえった俺たちの家の前。俺の手の中には武藤の細い白い腕……。 


「松浦くん……手、離してくれなきゃ、おうち帰れない……」


 腕時計に目をやると、もうすでに時間は21時30分を回っていた。
 これでも一応女なのだし、彼女の母さんはいつもより帰りの遅い娘の事を心配して待っているに違いない。
 俺は何も言わずに武藤の腕を離した。
 離したくない。このまま彼女を何処かへさらって、俺の気持ちに気付いてもらえるまでキスしたい……。
 俺は結局、何も言わずに彼女に背中を見せ、左手を軽く挙げ自分の家に向かって歩き出した。
「おやすみなさい……松浦くん……」
 小さな声で挨拶をして武藤も家に戻っていく。
 頑張って押しころしていた気持ちが止められない————


「————おい、待て。武藤」
「えっ?」
 武藤を呼び止め、俺は再び後ろから彼女の腕を掴んだ。
「いいか、よく聞け……」
 彼女は早く帰りたそうな顔をして俺の話を聞いている。
「メシ食って、フロ入っても今夜は寝るんじゃねーぞ。
 ベランダの窓の鍵を開けておけ……。もし寝やがったら承知しねぇからな……」
 彼女の腕を引き寄せ、俺は彼女の耳元で囁いた。


「俺の好きな“たいくらい”……おしえてやる……」


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 たか☆たか★パニック〜ひと塾の経験〜“裏ストーリー”『キケンなパジャマ・パーティー』
 第1夜『難問題・武藤なみこ』


《おわり》


 ————次回から本編が復活します。裏ストーリーは好評だったため、第2夜『約束破りの答え合わせ』は本編の塾4日目終了後登場させる事にしました。実はド変態だったという松浦くんのマルハゲテスト最終問題の解答をおたのしみに♪ 本編もね。(こっちも大事)