複雑・ファジー小説
- 残され者の足掻き(あがき) ( No.70 )
- 日時: 2012/12/17 15:18
- 名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)
————玄関の門の横の塀に“松浦”と書かれた表札。ここは高樹くん……ではなく、松浦くんのおうち。
《いきなりですが、松浦鷹史くんが主人公になります》
(もーすぐ模試だっていうのに調子こきやがって。あいつ……!)
○主語+be動詞の現在形+going to+動詞の原型〜
○主語+will+動詞の原型〜
“この文法を使った問題は確実に出る。それぞれ例文1つ、必ず頭の中にストックしとけ。”
普段はこんなにキレイな字を書かないはずの俺だが、“バカなあいつ”が読んでも解りやすい字とアドバイスを入れて赤色のボールペンをゆっくりとノートに走らせた。
(……っつーか、俺こそ何やってんだよ)
俺はコレのために昨夜からずっと一睡もしないで机に向かっている。
……眠れなかった。
あの塾からの帰りの日の夜に、思わず抱き締めてしまった。俺の前で涙をこぼした武藤の顔が頭から離れなくて————
“俺”をとるか、“高樹”をとるか……悪戯で俺が彼女に仕掛けた選択肢。
結局選ばれたのは“あっち”だったワケなのだが、そんなものは始めから分かりきっていた結果だった。俺というものが、あんな高樹になんかに対して意地になってあんな事を口走っちまって。あの時はきっと頭がどうかしていたに違いない。
あいつと高樹の関係を壊す事なんて俺になんかにできるわけがないんだ。
手に持っている赤ボールペンを机の上に転がし、椅子にもたれて伸びをした。
(平常心。平常心、っと)
冷静な俺は一体何処へ行ってしまったのだろう。
あいつも何処に————
ベランダ越しに見える武藤の部屋をチラッと覗いた。
ベッドの上に、今朝、彼女が着ていたパジャマがぐじゃぐじゃに脱ぎ捨てっ放しになっている。
(だっらしねぇ女……)
ため息を吐き、俺の机の上にあるデジタル時計に目をやると、すでに13時を過ぎていた。
俺は朝メシも昼メシも食わずに、ずっと机に向かっていた……って、そんな事よりも、武藤は10時頃急に慌てて家を飛び出してから、そのまま自分の部屋に戻ってきてはいない。学校が休みの日の日中はいつもメシを食う時間以外、部屋の中でだらしなくスナック菓子を食べながらマンガを読んでゴロゴロしているはずのあいつが……。
(本当に行きやがったんだな……)
おそらくあいつは今、高樹とのファースト・デートを楽しんでいる。
甘くとろけるような時間を。
誰にもジャマをされずに二人っきりで。
————高樹の部屋で。
いや! 今日は雲一つ無い快晴だ。こんな日だから公園デートかショッピングデートだろう。うん……そうだ!
何故なのか分からないが、胸を締め付けられる様な苦しみを感じながら俺は自分に言い聞かせた。
『“おうちデート”に持っていけるし……』
『あんなに可愛いなみこちゃんと二人っきりで何時間も一緒にいたら……絶対、何か起こっちゃうよね』
『だから僕が紳士でいられるように……祈っててね、松浦くん……』
『処女って……なに?』
「うわああああああ!!」
(何が紳士だ!! 何が“おうちデート”だ!! 可愛い!? ……あんな女のドコが可愛いんだよ!! あんなの全然可愛くなんかっ————!!)
ドンッ!!
俺は拳にした両手で思いっきり机の上を叩いた。
「はぁ——っ。
はぁ——っ。
はぁ——っ。……チッ!」
(ホントに何やってんだ、俺……)
足元にぶちまけてバラバラに散らばっている文房具と参考書を拾い、机の上に戻して大きく深呼吸した。
俺は騙されない。
見えるんだよ……。あいつ……高樹が甘い仮面の奥にうまく隠しているケダモノの顔が————