複雑・ファジー小説

拳銃(胸)に込めたままの弾(想い) ( No.79 )
日時: 2012/12/24 16:21
名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)

 ○want to 〜 =〜したい(と思っている)
 ○like to 〜 =〜するのが好きです
 ○start to 〜 ・ begin to 〜 =〜し始める


《しばらく松浦鷹史くんが主人公になります》


 ————実は俺は、“あいつ”と生まれる前から隣同士で過ごしてきた。
 これは前に母さんから聞いた話なのだが、15年前に大きなお腹を抱えて母さんは父さんとこの土地に家を建て、遠くの小さな村から引っ越してきた。
 家の設計は、これから生まれてくる俺に元気に伸び伸びと育ってもらえる様に、と思いを込めて、父さんが寝る間も惜しんで考えたものらしい。
 今思えば、伸び伸びと育つはずの肝心の俺の部屋の位置&ベランダの向きが、“伸び伸び”なんてできないコトになっているのだが、あの頃の父さんの気持ちを踏みにじる事はしたくなくて俺はずっと部屋の事に関しては何も言わずに過ごしてきた。
 田舎から嫁ぎ、実家から遥か遠く離れたこの街に引っ越してきた母さん。今の母さんを見るととても考えられないが、当時は引っ込み思案だったという母さんは、近所の人達と上手く馴染めるのだろうか、そして初めての出産、という悩みを抱えていた事もあり、嬉しさよりも不安を抱いていた。


「あらっ、奥さんも“もうすぐ”なんですね、出産」


 引っ越してきてから母さんに一番初めに声を掛けてきたのはあいつ……武藤の母さんだった。
 当時、武藤の母さんも、俺の母さんと同じ位の大きさのお腹をしていた。彼女ももうすぐ初めての出産、ということで、彼女たちはお互いの話をしていくうちにすぐに打ちとけ、仲良くなっていった。しかも出産予定日は偶然にも同じ日であったらしい。
 気さくな武藤の母さんに影響されて、母さんの性格にだんだんと灯がともり、心配していた近所付き合いの悩みはスッと消え、俺も無事に産まれた。 
 ちなみに俺と武藤の誕生日はほんの1日違い、ということで、小さな頃は毎年、武藤の家か俺の家で“合同誕生会”をして、家族ぐるみで温かく祝ってもらっていた。
 武藤の母さんが焼くチーズケーキがとても美味しかった。
 そういえばあの頃はあのチーズケーキが目当てで俺はしょっちゅう彼女の家に遊びに行っていた。言っておくが、断じて“あいつ目当て”なんかではない。 
 “ケーキ食べたさ”で、俺は彼女の家に行く度に近くの公園で一輪の花を摘んでから会いに行った。決して“武藤の喜ぶ顔が見たい”からではない。よその家に手ぶらでじゃまするのが気が引けるからだ。 
 それにしても、あんな女でも一応、女は女。やっぱり花が好きな様で、俺から花を受け取る時の彼女の顔が今でも忘れられない。恥ずかしそうに頬を染めて、『ありがとう』だなんて言いやがる。……ホント笑えるくらい単純な奴だった。なにも武藤のために摘んできたわけではない。……ケーキのためなのに。


 いつからだろうか。 
 義理でしばらくの間、武藤と仲良くしていたのだが、俺が彼女を遠ざけ、はねのける様になったのは————
 そう……確か“あの時”からだった。


 ————あれは俺たちがまだ幼稚園に通っていた頃。
 幼稚園のバスから降りてすぐ公園に花を摘みに行き、相変わらず俺は毎日の様に武藤の家を訪れていた。
 彼女の家のリビングで彼女の母さんが焼いたチーズケーキをよばれながら、俺たちは2人で仲良く寄り添って座り、テーブルの上に置いた白い紙に夢中で絵を描いて遊んでいた。
 俺の隣で武藤が楽しそうに結婚式のファンファーレのメロディーを口ずさみながら、白いウェディングドレスを着た女の子と、同じ色のタキシードを着た男の子の絵を描いている。ウェディングドレス姿の女の子はおそらく“武藤”だろう。顔は多少美化されてはいるが、髪型や目の特徴が表れている。 
 しかしタキシード姿の男の子は、髪型も、顔も、体型も……どう見たって“俺”ではなかった。


「なみちゃん……。ぼく、こんなに太ってないよ……」


 そう指摘された武藤は何食わぬ顔をして、こう答えたのだ。
「だって……この子、鷹史くんじゃないもん。……太くんだもん」
(ふと、し……?)


 ウェディングドレス姿の彼女の隣にいたのは生まれる前からずっと一緒にいた俺ではなく、他の男だった。
(う、うそだよ、ね? なみちゃん……)
 わざと俺の気を引こうとして巧妙な手を使いやがったのか。……でもわずか6歳。加えて単純ときている彼女がこんな手の込んだ事をするわけがないだろう。
 俺は彼女が描いた絵を、黒のクレヨンでぐじゃぐじゃに塗り潰した。 取り乱してがむしゃらになって塗り潰している間、さらに俺の肘がテーブルの上に置いてあったオレンジジュースの入っていたグラスに当たり、コトン、と倒してしまった。
 絵はジュースまみれになった。
「鷹史くん!! 大丈夫!?」
 武藤の母さんが驚いた顔をして俺達のそばにタオルを持って走ってきた。


 “大丈夫”なんかじゃ……ない。


「脱いで乾かしたほうが、いいかしら」
 そう言いながらジュースのかかった俺のズボンを拭いている武藤の母さんの手からタオルを取り、俺はテーブルと床を拭いた。
「ごめんなさい。おばさん……」(なみちゃんの目の前でズボン脱げるワケないじゃん……)
「う、うんっ。大丈夫です! ちょっとしか汚れてないから……」
 俺のズボンを脱がそうとする武藤の母さんに必死で抵抗しながら思う。
 きっと、おばさんはぼくたちのこと、兄妹かなんかだと思ってるのかな……。
 ちがうのに……。なみちゃんは、ぼくの……およめさんになるはずだったのに————
 ズボンはさほど汚れていなかったけれど、あの時から俺の心は徐々に汚れていった。暗黒のクレヨンで。
 武藤に“は”謝らなかった。……絶対に謝りたくなかった。
 テーブルの上のベタベタになった黒い絵を悲しい顔で見つめている武藤を見下ろして、俺が彼女に投げ付けた言葉は確か————


「フン! よりにもよって太だなんて!! 
 あんなデブで、ブサイクで、足遅くって……乱暴なやつのドコがいいんだよ!! 
 あんなのがイイだなんて、なみちゃんって、やっぱりおかしいよね!!」

拳銃(胸)に込めたままの弾(想い) ( No.80 )
日時: 2012/12/24 16:21
名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)

 ————その日以来、彼女の家には行かなくなった。……っつーか、行きたくなかった。
 会えば毎度の様に聞かされる太の話。そんなに好きなのなら潔く自分で気持ちを伝えりゃあいいのに(まぁ“あいつ”になんてできやしないとは思うが)、遠回しに“俺になんとかしてくれ”みたいな事を言ってきやがって……。いちいちそんな事なんかしなくたって、あいつは……太は……。
 俺は今までずっと見るのが苦痛なために、“あの時”から一度も開ける事の無かった机の引き出しをゆっくりと開けた。
 引き出しの中から出てきた黒いモノ————それは本物そっくりに作られたのおもちゃの拳銃。
 太のやつも、あいつ……高樹のような金持ちのボンボンだった。
 この拳銃は海外を渡り仕事をしている彼の父親からのお土産だそうで、本当なのかどうだか分からないが、ハリウッド俳優が映画の撮影で使っていたステージ・ガンらしく、とても希少価値なモノだと言って自慢していた。彼はそれを宝物のように大切にしていて、家からこっそり持ち出してきてはクドいくらいに何度も見せびらかされていた。
 武藤の隣の家に住んでいる、ということで、どうやら彼に嫉妬をされていたらしく、しょっちゅう俺はつっかかれていては、バカにされていた。


 こんな太のことを好きだなんて……。
 こんなやつと、あんなに“かわいい”なみちゃんが好き同士、だなんて————!


 “太なんか、いなくなっちゃえば、いいのに”。
 幼稚園で彼のことを見かける度にそう思っていた。……100回は思った。
 すると本当に彼は俺達の前から姿を消す事になった。
 何という名だったのかはもう忘れてしまったが、海外の島に突然引っ越す事になったのだ。
「今までいじわるばっかりして、ごめんな……」
 別れ際に俺に謝り、太は拳銃を出した。
「これ、あの子に……なみこちゃんに、渡して……」
 小さな声で俺に耳打ちをした。あの太が、気色悪くも顔を真っ赤にして。
 あんな図体をしていながらも、自分で手渡す勇気がなかったのだ。
 自分の一番大切にしているものを贈る……それほど武藤の事を大切に想い、恋焦がれていたのだろうか。
 コレを言っては自慢になってしまうが、容姿、(表向きの)性格から、明らかに彼よりも俺の方が上回っていた。きっと太は、“武藤が俺の事を好いている”とでも勘違いしていたのだろう。
 しかし、よりにもよってそんな大切な伝言を俺に頼むだなんて……バカな奴だ。
「わかった。元気でね……」
 笑顔を見せて彼の手から拳銃を受け取り、俺は心の中で返した。


『おまえなんかに、なみちゃんは————“あげない”』


 今まで散々彼にムカつく事をされた復讐として最後に一発カマしてやった。
「ふーん……。もしかして太くん、なみちゃんのこと、すきなの?」
 ————と。
「好きじゃない!!」太の奴はさっきよりもさらに顔を沸騰させてヘンな走りかたで去っていった。 
 海外まで引き離されれば、おそらくそう簡単にはひっつく事はできない。そのうちに段々と武藤の心から太の存在が消えていくに決まっている。 
 この拳銃を武藤に渡さなければ————“ぼくの勝ち”だ。
 しかし、どうして好きなのに“きらい”だなんて逆のことを言うのだろう。あの頃は太を見てそう思っていた。
 自分が今、彼と同じ事をしているのに……。
 きっと相手が“武藤”だから認めたくないんだ。もっと美人で頭が良くてグラマーならともかく、あの武藤なんだもんな。
「ふっ」
 今になって太の気持ちが身にしみてよく解る。
 俺は走らせていたペンを止めて、大きく深呼吸した。
(これで最後、だな……)


 ・和訳しなさい。
 I want to spend the rest of my life with you.
(                                      )。
 ※分からない単語は辞書で調べろ。


 “応用問題”と見せかけて、最後に俺が作ったオリジナル問題を紛れ込ませた。
 絶対に俺の方から気持ちを打ち明ける、なんてことはしたくなかったのだけども、もう我慢できない。
 どうなるか……。彼女にこの問題を解かれたら……俺の負けだ。
 俺の“告白”問題の下に“頑張れよ”のメッセージ、その脇にあまり俺は見た事のない武藤の笑顔を想像しながら、俺なりに精いっぱい可愛く描いたつもりのスマイル・マークのイラストを添えたノートを閉じ、ベランダに立って大きく伸びをした。


 武藤はまだ帰ってきていない。
(もう四時過ぎだぞ……)
 この時期は日が落ちるのが早い。
 空は暗くなり、街灯が点いた。
 明日は学校があるし、まさか高樹と一夜を明かす……なんてコトはしないとは思うが、こんな時間になっても帰ってこないで一体何をしているんだ、あいつは————
 黒い雲が空を覆う。
 俺は部屋を出て、階段を駆け降りた。


『あたしのこと、高樹くんの自由にしても……いいよ』
『ちゃんと“いく”から、優しくしてね、“高樹くん”』


 俺好みのフリッフリのピンク色のベビードールを身に着けた武藤の姿が頭の中に浮かんだ。……っつーか、最初のヤツは、この前、徳永さんに酷い事を言ってしまった罰なのか……。
 やっぱり、童話“北風と太陽”と同じ結末を迎える運命なのだろうか————


     ☆     ★     ☆


 慌てて家を飛び出したはいいが、武藤の行き先が分からない。
(何やってんだ、俺……)
 そばにある電信柱を思いっきり蹴りつけ、歯を食いしばって祈る。
(武藤……。高樹のところになんか行くんじゃねぇよ……)