複雑・ファジー小説

夢にオチそう ( No.8 )
日時: 2012/12/19 16:45
名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

     ☆     ★     ☆


「高樹ー、ゲーセン寄ってこーぜー」


 見た感じはあたしと同学年。学校が違うからよく分からないけれど、おそらくAクラスの2人の男の子が教室の入り口のドアから顔を出して大きな声で呼んでいる。
 彼らの呼ぶ声にそばかすくんが反応した。苗字を呼び捨てにしている彼らは、きっと彼と仲のいい友達なのだろう。
(へぇ。“たかぎ”っていう名前なんだ、この人……)
 さっき、たかぎに握られた手に視線を落とした。
 こんなあたしなんかの顔を見て『可愛い』だなんて言った人————
(温ったかい手、してたな……)


「ちょっと待ってて」
 たかぎは床に転がっている消しゴムを拾い、あたしの着ているジャンパーのポケットにいきなり手を入れてきた。
(ひゃっ!)
 心臓が悲鳴をあげた。


「高樹純平。よろしく」


 ファッションセンスのないあたしがこんな事を言うのもなんだけど、着ている紳士的な服とはなんだかミスマッチな感じの、そう……戦地にいざ突入しようとする兵士が持つ様なワイルドな深緑色をした迷彩柄のリュックを肩に掛け、笑顔を見せて教室を出て行く彼。そんな彼に消しゴムを拾ってくれたお礼を言おうと呼び止めようと思ったけれど————
(……なんだっけ?)
 ————名前が出てこない。たった今フルネームを教えてもらったばっかりなのに。
 あたしをまっすぐ熱い眼差しで見てくる彼の顔だけしかどうしても思い出せなくて、ポケットの中の消しゴムをそっと握り締めた。


     ☆     ★     ☆


 消しゴムを筆箱に入れずに、さっきからずっとポケットの中で握り締めたまま帰りのバスに揺られているあたし。
 今頃になってやっと、あの彼の名前を思い出した。……苗字だけだけど。 
 隣のシートに座っているのは松浦くんのはずなのに、行きのバスの張りつめた緊張感は不思議と無い。バスのエンジン音だけが聞こえる静かな空間の中で窓の外に見えるお月さまを眺めながら、あたしはずっと“たかぎ”の事を考えていた。
 あたし達の乗るバスの運転手、兼・数学担当の講師の“蒲池先生”がラジオをつける。
 ノイズ音に負けていない勢いでリスナーに語りかけてくるDJのお兄さん。
 彼の高いテンションが、あたしのテンションを少しだけ上げてくれる————


『全国の恋に奥手な少女達よ! 夢見てばかりじゃ何も始まらないのさ!
 さあ! 僕の手を掴んで! 夢なんてよりも、もっとロマンチックな世界に連れて行ってあげる!』


 僕の手を掴んで……か。
 実際にそんな事言われてないけれど、たかぎの瞳が何度もあたしにそう語りかけてきていた様な感じだった。


     ☆     ★     ☆


「なみこちゃん……すきだよ……」
 空一面、茜色に染まる夕暮れ時。周りには誰も居ないムードあふれる静かな公園のベンチに座る初々しいカップル。1人はあたし。そして、もう1人、『すきだよ……』と、あたしに告げた相手の男の子はもちろん————そう。
 あたしはたかぎに愛の告白をされた。
「キス……しようか」
 それは、まるで少女マンガのワンシーンの様なシチュエーション。
 彼独特の、高いけれど少しかすれた声で、あたしの頬に優しく指を添えてきた。
(あたしも、すき……)
 たかぎの気持ちを全部受け止める思いで、ゆっくり目を閉じた。


 ————ビシッ!
 突然、おでこの真ん中に激痛が走った。
(何! 何なのッッ!?)
 目を開けると、さっきまであたしの前にいたはずのたかぎの姿が、いつの間にか松浦くんになっている。
「いい気になってんじゃねーよ、ブスが」
 松浦くんはあたしを上から見下ろし、手の指をポキポキと鳴らしながら、
「もっとブスにしてやろうか」
 白い歯を光らせて笑いながら思いっ切り力を込めてデコピンをしてきた。しかも、しつこく何回も。


「痛い! ダメっ! そんなコトしないで! 松浦くんッ!」


「おいっ! 起きろ、武藤ッ!」
 足を蹴られてあたしは目を覚ました。
 夕方ではなく、夜。公園のベンチではなく塾のバスの座席。————残念ながら、やっぱりあたしの隣に座っているのは高樹くんではなくて……松浦くんだった。
 目をこすって窓から外を見ると、バスはすでに家の前で止まっている。
 どうやら、あたしはバスの中でいつの間にか居眠りをしてしまっていた様だ。
 でも、どうしてだろう。夢だったはずなのに、おでこがヒリヒリ痛むのは————
 自分のおでこを手でさすりながら、隣に座っている松浦くんを見上げた。
「おまえ……」
 松浦くんが呼吸を乱して、あたしに何か言いたそうな顔をしている。どうしたんだろう。そんなに引きつらせた顔をして……。


「……何だっけ?」
 全く覚えてない。あたしはよだれを拭き、頭をモシャモシャと掻きながらバスを降りて、よろよろと家に戻った。


     ☆     ★     ☆


「うわっ!」
 玄関のドアを開けると、仁王立ちでお母さんがあたしを迎えて待ち構えていた。


「どうだった? 楽しかった?」
(勉強が楽しいわけないじゃん……)
 精神的にとても疲れていたあたしは、今はもう誰とも何も話したくない気持ちだった。「どうだった? ねえ!」と、しつこく聞いてくるお母さんをうまくかわし、ふくれっ面で台所に入った。
(このお母さんのせいであたしは……)
 自分の学力の無さを棚に上げて、冷蔵庫から出したガラスポットに入った麦茶をコップにたっぷりと注いでガバッと飲んだ。————しかしスッキリしたのは、ほんの一瞬だけ。
 そこに、まだ懲りずにしつこくあたしの後をつけて台所に入ってきたお母さんの、とどめの一撃!!


「鷹史くんが一緒だから心強いでしょ? 高い受講料払ってんだから頑張んのよ!!」