複雑・ファジー小説
- こんな娘でごめんなさい ( No.84 )
- 日時: 2013/01/04 12:36
- 名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)
☆ ★ ☆
行き先も告げずに、こんなに暗くなる時間まで遊び歩いていたのだから、絶対お母さんに叱られるに違いない。『ただいま』は心の中で言っておく事にして、そのまま自分の部屋へ行ってしまおうと忍び足で階段を昇りかけた。しかし、やっぱり黙って帰ってくる方が余計に叱られるんじゃないかと思い、引き返して、おそらく今、お母さんがいるだろう台所のドアを覚悟を決めて開けた。
————台所にはお母さんは居なかった。
食卓の上にはいつでもすぐに食べられる様に、伏せてあるお茶碗とグラスにお箸、2枚重ねてあるスープ皿、そしてあたしの大好物のスライスされたパイナップルの乗っかったハンバーグに大豆入りのマカロニサラダが添えられて置かれていた。出来上がったばかりなのだろうか、おいしそうな香りと湯気をたたせている。
(お母さん?)
台所のとなりの部屋のリビングからはテレビの音だけが空しく聞こえてくる。
帰りの遅いあたしの事を心配して外へ探しに出て行ってしまったのかもしれない。もしかしたら誘拐されたかと思って警察に捜索願を出してしまったのかもしれない。どうしよう……。
つばを飲み込み、リビングを覗くと————
リモコンを片手に、ソファーの上でいびきをたてながら仰向けで熟睡している……お母さんが居た。
“この親にして、あたしあり”
やっぱりこのひとはあたしの勉強のこと“だけ”しか心配していないのか。とにかく大変な事態にはなっていなかった様で、ホッと胸を撫で下ろしたあたしは、ぐっすりと夢の世界に沈んでいるお母さんをゆすって起こした。
「ああ、なみこ……帰ってたのね……」
大きなあくびをしながらムクッと起き上がった彼女に、ここぞとばかり普段から小言を言われている仕返しに何か言ってやろうかと思ったけれど、ハンバーグに免じて許してあげた。
「おなかすいた。はやく食べようよ、お母さん」
食卓でハンバーグをほおばるあたしの顔をお茶を飲みながらジッと見つめているお母さん。
「こんなによく食べる子なのに、どうしてなのかしら……。全然伸びないのよねぇ、あんたは」
ため息をつきながら空っぽになったあたしのグラスにお茶を注ぐ彼女に、コンプレックスになっている背の事を言われて少しカチンときたあたしは、ハンバーグにフォークを突き刺して言い返した。
「食べても太んないもんね、だ。あたし“は”」
ハンバーグを口に突っ込んでお茶を飲みほした。
“誰かさん”の様に、あたしに対してだけトゲのある接し方をしてくるお母さんだけれど、このハンバーグだけではなくて、作ってくれる料理はいつも優しい心のこもった味がする。
お父さんもきっとお母さんのこんなところが好きになって結婚したのかな……。
「お父さん……会いたいなぁ」
「あらっ、今日、電話あったわよ。今度の土曜日に帰ってくるんだって。
“なみこに早く会いたい会いたい”って。
プレゼントがあるから楽しみにしてろ、って言ってたわ。
ああ、多分アレね、あんたが欲しがってた携帯電話よ。
はぁ……。中学生にそんなもの必要かしら。しかもあんたにはねぇ……。
防犯のために、だとか、もう年頃だし、彼氏ができた時に連絡を取り合うのに便利だからとか言って。まだ全然コドモなのにねぇ。彼氏なんかできたらあの人絶対淋しがるくせに。もう、ホントに甘いんだからお父さんは……」
「うふふっ」
お母さんの話のなかのお父さんが高樹くんに似ている気がして思わず笑ってしまった。
実はあたしのお父さんは今、長期出張中なのだ。働いている会社の親会社がある遠く離れた都市の方へ行っている。最近はとても忙しい様でせっかくこっちへ戻ってきてもすぐにまた向こうへ行ってしまうけれども、帰ってくる度にあたしをギュッと優しく抱き締めてくれるお父さん……。
(あたしも早く会いたいよ……)
「あらっ、ソレ今日買ってきたのね。
ふぅん……。なみこにしてはなかなかセンスいいじゃない」
お母さんはいきなりあたしの頭に手を伸ばし、今日高樹くんにプレゼントされたピンを勝手に外して手に取った。それを照明の光にかざしたり、角度を変えたりして、鑑定士の様に目を細めては大きく開いて険しい……というより、はたから見ればおもしろい顔で見ている。
「ヒスイ、かしら……?
いやいや、そんなはずは無いわよねぇ。あんな高価なモノがあんたのお小遣いで簡単に買えるワケないものねぇ。
ほーんと、最近のアクセサリーってよくできてるわよね。“まがい物”が出回るワケだわ。
そうそう! 来月お母さん同窓会があるのよね。だからコレちょっと貸し……」
「————かえしてッ!」
あたしは彼女からピンを取り返し、再び髪に留めた。
冗談じゃない。コレは高樹くんにもらった大事な宝物なんだから貸せるワケがない。……っていうか、“まがい物”だなんて超失礼なんだから! ほんとにもう、このお母さんは……。
それでも懲りずに彼女は今度はあたしの顔に自分の顔を近付け、クンクンとにおいを嗅いでいる。
「あら、いい香り。あんた香水なんて持ってたのね」
(……えっ?)
『……ごめん。勢いあまって“やりすぎちゃった”。こわかった、よね』
『ん……。こわいっていうより……恥ずかしい……』
『おいで』
『あ……高樹くん……いい香り、する……』
『なみこちゃんはせっけんの香りだね』
いきなりお母さんに変な事を言われたせいで、あたしの頭の中に高樹くんの部屋の中で起こったコトが鮮明に蘇ってきた。
(確か……その後に あの“エックスタシーなんとか”が!!)
『安心して。今日“は”ちゃんと用意してあるから……』
「おおお、おふろ、はいってくるっ! ごちそうさまっ!!」
残りのハンバーグを口の中に一気に押し込んで、あたしは後片付けもしないで台所を飛び出した。
- こんな娘でごめんなさい ( No.85 )
- 日時: 2013/01/04 13:10
- 名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)
☆ ★ ☆
バスルームの脱衣所のかごの中の一番上に放りこんである、いちご柄の散りばめられたなみこちゃんのパンティー。
彼女はただいま入浴中なので、ここから先はご遠慮願い————
チャプ……。
(勝負下着かぁ……)
ぬくぬくと湯船に浸かりながらあたしは考えていた。
今まで服は全て、下着までお母さんに任せて買ってもらっていた。
「あら、コレ可愛いじゃない。あんたにピッタリよ」……だなんてお母さんは自分ばっかり通販でウエスト矯正だとかいった海外製の値段の高い下着ばっかり注文して着けているくせに、あたしには上下まとめて3点セットで売っている様なお値打ち品の……しかも“児童用”の下着を買ってくる。実は今日高樹くんとのデートに着けていた下着も残念な事にそうだった。まさか、あんなコトになるなんて思ってもいなかったし————
「わ。いちごだっ、可愛い!」
と、そんな風に高樹くんは褒めてくれたけれど、きっと気配りの上手な彼の事だからだったと思う。あたしはものすごく恥ずかしかった。
とはいっても、いきなり『リボンとかレースのフリルの付いた下着が欲しい』だなんてねだったりなんかしたら、おかしい、って思われるかもしれない。漫画を買うのをしばらく我慢して、コツコツ貯めたおこづかいで買っちゃおうかな……。
高樹くんのためならば、そんなことくらい我慢できる。漫画なんてもう全部いらないくらい。だって……あたしが読んでいる漫画なんかよりも何倍も素敵な恋愛体験を現実のなかでしているんだもん。
「はぁ……」
浴槽のふちにかけた腕の上にほっぺたを付けてあたしは大きなため息をついた。
最近、学校で行われた体重測定の事を思い出して急に空しくなってきた。そういえばクラスの女の子の大半がブラジャー、もしくはカップ付きのタンクトップを着けていた。あたしはクラスで一番……極端に背が低くって……胸も小さい。
(“ここ”はお母さんから遺伝しなかったなぁ……)
口先をとんがらせながら、あたしは湯船の中に浸かっている胸に視線を落としてもう一度ため息をついた。湯けむりの中にぼんやりと見えるペッタンコな胸。少し体をゆすってみたけれど、お湯の表面が揺れるだけで“あたしの”は全く揺れない。
「あれっ?」
胸ばっかりずっと見ていて気が付いた。
右胸と左胸の間にほんのりと赤い小さなアザができている。
(こんなところ、ぶつけたっけ?)
思い当たるふしがなく不思議に感じながらお風呂を出て脱衣所でバスタオルで体を拭いている時に、太ももの内側にまた1つ胸に付いていたものに似ているアザを見つけた。
ホントにドジだなぁ。ケガした事にも気付いていないなんて……。こんなんじゃまた高樹くんに笑われちゃ————
「 !! 」
のん気にお風呂なんかに入っている場合ではなかった。
家に着いたら高樹くんに電話するって約束していたのに!
あれからもうずいぶんと時間が経っている事だし、連絡が来なくて心配しているに違いない。呆れちゃう。本当にあたしは一体何をやっているのだろうか。
自分で自分を叱りながら、手に持っているバスタオルをグルグルと体に巻いてバスルームを飛び出した。
(ちょっと待てよ……)
電話はリビングにあるのだけれど、こんな格好で使っている所をお母さんに見付かったら叱られる。それに、男の子と話している会話を聞かれて、『誰だ』とか『どこに行ってた』とか後から根掘り葉掘り聞かれるのは……ましてや『何をしていた』だなんて、口が裂けても言えない!!
あたしは2階の廊下にある子機を使って掛けようと、かけ足で階段を昇った。
廊下で子機の受話器を手に取り、自分の部屋に入った。
左腕に抱えているパジャマと下着を足元に落として1度深呼吸した。
高樹くんと今日、日中、あんなにも2人で一緒に過ごしていたはずなのに、やっぱりドキドキする。
(やだっ、どうしよ……なに話そ……)
「 !! 」
————しまった!!
別れ際に渡された高樹くんの携帯番号の書かれたメモが今日履いていた……さっきバスルームで脱いだショートパンツのポケットの中に入れっ放しになっていた事に気が付いた。
(もうっ! あたしのバカッ!!)
タオルを巻いたままの格好で急いで再び1階のバスルームに戻り、脱衣かごの中のショートパンツのポケットからメモを取り出して2階に行こうと階段を昇り掛けた時————
ピーンポーン。
インターフォンが鳴った。
誰だろう。こんな夜にお客さんだなんて。
お父さんが来るのは明日だって、確かさっきお母さんが……。
(まずい……!! お母さんが来るっ!!)
ずり落ちそうになったタオルを手で押さえながらあたしは自分の部屋へ戻った。
カーテンが開けっ放しのまま、電気も点けずに暗い部屋の中、震える手で受話器のボタンを押して耳に当てる。
呼び出し音が1回鳴る度にあたしの鼓動が速くなる。
『なみこちゃん……。また忘れてたでしょ……』
帰宅してからの一部始終を見透かされていた様に受話器の向こうの高樹くんにいきなり言われてしまった。
「ごめんなさい!!」
連絡するのを忘れたことを謝ったけれど、その後、何を話せばいいのか分からなくなってしまい戸惑っていたら、小さく笑った彼が会話を繋げてくれた。
『ふふっ。今度の塾で“おしおき”だから覚えておいてね』
せっかく繋がったけれど、余計にどう返したらいいのか分からない。 “塾でおしおき”と聞いて、あたしの頭の中に浮かんだのは塾の3階階の“やりまくりべや”……。
『何考えてたの? なみこちゃん……』
「な!! なんにも!! うんっ!」
聞かれて必死で頭の中の映像を消していると、誰かが階段を昇ってくる音が聞こえた。
その音が段々とあたしの部屋に近付いてくる。
————お母さんだ!!
こんな時に……高樹くんとせっかくのラブラブ(?)コール中に限って一体何の用なんだろう。
再びずり落ちそうになったバスタオルを押さえた。しかもこんな格好なのに————
高樹くんともっとお話したい気持ちだけれど、仕方がない。電話を切らなければ!!
「ごめんね、高樹くん。実はあたし今バスタオル1枚だけなんだ……。
お風呂の中で急に高樹くんに電話かける事思い出しちゃって……だから……」
ガチャッ。
電話を切った音ではない。いくらなんでも『おやすみ』も告げないでいきなり電話を切ってしまうなんて失礼だから。
これはあたしの部屋のドアを開ける音。やっぱりお母さんが入ってきたんだ。
『バスタオル1枚、って……すげっ』
「はい……そう、です……」
受話器を持ちながら急に敬語になったあたしはバスタオルを片手で押さえながらヘナヘナとその場に座り込んだ。
背後にすさまじい冷気を感じる。
きっと腰に手をあてて頭から角を生やしたお母さんがいる……。
ゆっくりと振り向くと、なんとそこにいたのはお母さんではなくて————
————松浦くんだった。