複雑・ファジー小説

忍び寄る疫病神 ( No.9 )
日時: 2012/12/19 16:56
名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

《ここからしばらく松浦鷹史くんが主人公になります》


「ねぇ、鷹史。この前話したお隣のお嬢さんのなみちゃんが、あなたの行ってる塾に入るって話だけど……。それがね、今さっき聞いて————今日からなんですって」
「んー」(なんだ、そんな事か)
 俺はリビングのソファーに座ってパソコンのキーボードを打ちながら答えた。
 キッチンとリビングを心配そうにうろうろと歩いていた母さんが、ため息をつきながら俺の隣に座ってきた。
 そしてテーブルの上に置かれた湯のみに入った熱い緑茶を少しずつすすっては何度も俺の顔をチラチラと見ながら、さらにわざとらしく俺に聞こえる様に大きな声で“ひとりごと(?)”を呟いた。
「なみちゃん……初めてで、きっと心細いでしょうね。おとなしい子だから、いじめられたりしないかしら? 
 ————心配だわ……」
「んー」(知るか)
 悪いけど、その“件”に関してはあまり……いや! 絶対に関わりたくはない。俺は聞いていないフリをしてキーボードを打ち続けた。
「鷹史、あなた同じ学校なんだから、なみちゃんの事優しく守ってあげてね」
「…………」
 俺はキーボードを打つ手を止めた。
「ねえったら、ちょっと! 聞いてるの? 鷹史っ!」
(うるっせーな……)
 こっちの気も知らないで、知ろうともしないで力を込めてドンッ! と音をたてて湯のみをテーブルに置いた母さんに向けて、『空気読め』と心の中で返し、睨んだ。


「……母さん。この前話してた石川きよしのコンサートチケット2枚……結構いい席取れたよ。ほら」


「えっ? あらホント。武藤さんに連絡しなくっちゃ。きっと喜ぶわぁ。……ありがとね、鷹史」
 コロッと機嫌を戻した母さんは嬉しそうに携帯電話を手に持ち、おそらく“あいつ”の母さんと話をしている。
(優しく守ってあげろ? ————あいつを?)
 隣で電話をしている母さんの声のボリュームが段々と大きくなる。
 ゲンキンなババアだぜ、全く……。
 俺は楽しそうに話し込んでいる彼女の顔を見て鼻で笑い、リビングを出た。


(俺がいっぱい、いじめてやるよ……)


     ☆     ★     ☆


 2階に上がり、自分の部屋のベランダの窓の外を見ながら俺はデカいため息をついた。
 母さん同士で仲良くするのは勝手にしてもらって構わないが、俺まで巻きこむのはいいかげんやめてほしい。
 もしかしたら、この調子で勝手に親の都合で将来ムリヤリあいつとケッコンなんてさせられるハメになるんじゃないか?
(ハッ! 冗談じゃねぇ!)
 ————それだけは死んでもゴメンだ。


 目の前に武藤の部屋がよく見える。
 相変わらず勉強机の上には、1日であんな量読めるか、というくらいの数の漫画本がどっさりと積み上げられている。ウッドチェストの上に、女らしく花の植木鉢なんかを飾っているつもりだろうが、元が何の花なのか、どんな色の花だったのか、分からないくらい無惨にドライフラワー化している。————見れば見るほど思わず“バカ代表”の称号を与えたくなるようなツッコミどころ満載の部屋だ。


 たった今、学校から帰ってきたばかりなのだろう。
 ドアを開けて部屋に入ってきたセーラー服姿の彼女。こいつは普段からあちこちに恥をさらけ出し過ぎて、羞恥心というものを失くしてしまったに違いない。隣の家に同級生の男が住んでいるって分かっていながら、見られているとも気付かずに、いきなり服を次々と脱ぎ出し、堂々と着がえ出した。
(カーテンくらいしろよ……)
 案の上、胸も尻もクビレもない幼児体型をしていやがる。
 それにあの上下薄ピンク色の下着はよっぽどお気に入りの様でか、それともただ単にタンスを開けて一番上にあったものを取るだけなのか、2日に1回の割合で着けている様な気がする。女はこの年頃になると下着にもこだわる位オシャレに目覚めるものだと思っていたのだが。
 ……うおっと。今度は下着姿で背伸びをしていやがる。
(みっともねぇ体……)
 こんな女を好きになるやつなんて絶対いない、と俺は思った。

忍び寄る疫病神 ( No.10 )
日時: 2012/12/24 07:21
名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

 平和な日々に“ひび”が入る。
 “こいつ”のせいで、何かいやな事が起こる予感がする。


     ☆     ★     ☆


 バスの中、俺の隣の席で石の様に固まっている武藤がいる。
 俺は、彼女と今日から同じ塾に通う事になる。
 頼むから母さん達には、この話を他の奴らには漏らさないで欲しい。
 こんな奴なんかとヘンな噂になるのは、ゴメンだからな。


 塾に着いた。
 多分、同じ学校に通っていて、住んでいる家が隣同士だから“仲がいい”のかと思われたのだろう。先生に“武藤の面倒をみてやれ”みたいな事を頼まれたけれども、
(フン! 自分で何とかしやがれ)
 俺は武藤の事は構わずバスを降りて、早歩きで逃げ出した。


 教室のドアを開けて自分のクラスの教室に入り、席についた。
「よォ、鷹史」
「はぁーい、鷹っち」
「来たな、鷹殿」
 わざわざ自分から動いたりなんかしなくても周りの奴等の気持ちが自然に集まってくる。こんな事を自分で言うのもなんだが、俺には人を惹きつけるオーラが出ているのかもしれない。
 違う学校なのに何かと親しくしてくれる彼らに、俺は軽く手を上げ笑顔で答えた。


 今頃Bクラスの教室で武藤はどうしているだろう。
 周りにいるのは違う学校の知らない人だらけ。
 あいつの事だから、きっと教室のドアの前で立ち止まって泣きそうな顔してるだろうな。
 ごめんな。“優しく守って”あげられなくて。……ククッ。


 まァ、とにかく武藤と違うクラスで良かった。


 ————と、なんだよ全く。今日武藤がこの塾に通う様になってから、気が付くと無意識で彼女の事ばかり考えてる気がする。
 極力、俺の視界と脳内に連れてきたくはない女なのに。
 いち早く強力な殺虫剤でも撒いて追い出さなくては気分が悪くなる。
 俺はカバンの中に手を入れて、講習が始まる時間までの暇潰し、にと家からちゃっかり持ってきていた小説本を出して読み始めた。
(今、スゴくイイとこなんだよな……)
 断じてエッチな小説ではない。
 ただ……恋愛小説なので、誰にも知られたくない。


 他の奴等にタイトルを見られない様にしっかりとカバーを付けて隠した本を読んでいると、俺の大嫌いなくさい香水の臭いが近付いてきた。
「たーかし、クンっ」
(チッ! こいつか……)
 同じクラスの彼女の名は、徳永静香。
 俺の前でだけ人格を変えられる、という得意技を持っている。
「なに、よんでルのぉ?」
 さらに彼女は声のトーンを普段よりも一オクターブ上げた見事な作り声で話す事ができる、という高度な裏技まで持ち合わせている。笛を吹いたら壺の中から出てくる蛇の様に体をくねらせながら、徳永さんは俺の手元を覗き込んできた。
「本……」
 こんな女と話したくないのに。
 香水の臭いが鼻にまとわりついてむせ込みそうだ。こいつの顔面にも殺虫剤をぶっ掛けて追い返してやりたい。
 ジャマだな、と思いながら本を閉じ、『さっさとどっかへ行きやがれ』と念じたが、今度は俺の顔に顔を近付けてきやがった。
「ねェ……今日、鷹史クンと一緒にバスに乗ってきたコって、ナニ?」
 彼女はいきなりイヤな事を聞いてきやがった。
 武藤の事は話したくない。
「アハハ……」
 俺は笑ってごまかそうとしたけれど————ダメだった。
「あのコ、鷹史クンと同じ中学で家が隣同士なんだって、さっき蒲池(かばいけ)センセイに聞いて……。ねェ、どんな関係なの? 幼馴染み? 
 ————もしかしてコイビト……なんてコト、ナイよね?」
「——ッ!」
(くそッ! 蒲池のやつ、余計な事言いやがって!!)
 ムンムンとくさい香水の臭いが、さらに俺をムカつかせる。
 俺は右手の拳で机の上をドン! と叩いた。
 教室の中が俺の怒りのオーラで一瞬シーンと静まりかえる。
(おっと、コレはマズったな……)
「フッ」と小さく笑って椅子にのけ反り返った俺は、


「関係ない……」
 と呟いた。
 “武藤と俺は何の関係も無い”
 “徳永さんには関係の無い話”
 両方の意味を込めて————


「よかったァー。コイビトじゃなかったのネー。じゃあ静香、まだ脈アリなんだねェー」
 スキップしながら自分の席に去ってゆく彼女に向けて、俺は心の中で“フェイク・ポーズ”をおみまいしてやった。