複雑・ファジー小説
- 繋がった真実 ( No.90 )
- 日時: 2013/01/05 18:49
- 名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)
「……っつーか、おまえさぁ」
「え?」
パジャマのボタンをとりあえず掛け直し終えて顔を上げると、松浦くんと目が合った。
彼はあたしの手元を見て大きなため息を吐き出し、自分の顔を手で覆い隠した。覆い隠した手の指と指の間から視線を送りながら、呆れた様な口調で話し出す松浦くん。
「さっきはあんなに必死になって隠してたくせに、どうして普段はモロ出しストリップショー見せてくんだよ……」
「もろ、だし?」
「ベランダ越しのストリップショー。
結構バラエティーに富んでるよな。セーラー服生着替えバージョン、そしてパジャマ生着替えバージョン、っと。ああ、そういや今朝のやつが今までで一番スゴかったよな。上下いちご柄の下着姿で抱き枕足で挟んで抱き付いてベッドの上であんなパフォーマンスを見せてくれるとは。
ちなみにケツ半分出てたな」
「やっ! やだもうっ! 松浦くんのエッチ!」
今朝の自分の寝起きから着替えて部屋を出るまでの一部始終を彼にずっと見られていたなんて……。しかも年頃の女の子に向かって『ケツが見えてた』とか、信じられない!
恥ずかしくなって両手で顔を隠して下を向いていると、あたしの頭を何かで軽くポンッと叩かれた。
「ストリップの観賞代だ」
(観賞、代……?)
彼曰く、“叩いたモノ”をくれるらしい。
受け取った“それ”は一冊のキャンパスノートだった。
(これ……って……)
ノートのページをめくった手が震え出す。
勉強の参考書なんてモノは今まで買ったことなんて一度たりとも無かったけれど、おそらく市販で売られているどんな参考書よりも親切に、あたしが見ても理解し易い様に何色もの色のペンを使い、細かい説明を入れて書かれている。あの面倒くさがり屋のはずの松浦くんが————
ノートいっぱいびっしりと書かれた文章に込められた彼の愛情を、僅か1ページ目を見ただけで感じた。
電気が点けられて、部屋の中が明るくなるまで気が付かなかったけれど、普段の様にカッチリとセットされていないラフな髪型、彼らしく強がって隠しているつもりだが、それが余計に不自然な程疲れきって眠たそうな顔。
松浦くんは、あたしが高樹くんとデートをしている間……いや、それよりも何時間も前からずっと睡眠時間を(たぶん全部?)削ってまでしてこのノートを作ってくれていたんだ。————あたしのために。
どうしよう……。また涙が出てきちゃいそう。
「貧相な裸姿に不覚にもムラムラきちまった……。 俺だってこれでも一応は健全な“男”なんだから注意しろ。
まぁ、“見せたい”のなら勝手にすりゃあいーけどな。……じゃあな。俺、もう帰るわ」
ベッドの上に転がっている黒い拳銃と、あたしの腕の中のノートを残して松浦くんはサッサと部屋を出て行ってしまった。
あたしがまだ……高樹くんか松浦くんの“どちらか”を選べない事を感じ取っていたのかの様に。
「ちょっと待って!」
呼び止めるあたしの声を「来なくていい」とドアを閉めて遮られた。
『まだ言うな……』
そう言われた様な気がして、彼を追い掛けようとしてドアノブに掛けた手を離した。
せめて一言お礼を言いたかっただけなのに————
「あら、鷹史くん、もう帰っちゃうの? もっとゆっくりしてってもいいのに」
きっと松浦くんが階段を降りようとした辺りだろうか。ドアの向こう側からお母さんの、よそ行き仕様の高い声が聞こえる。
「寝仕度をしていたところ、失礼しました。
なみこさんに大事な話がありましたので……。すでに遅い時間ですし、後日再びゆっくりお邪魔させて頂きます」
“大事な話”……。
ドアに背中を付けもたれながら、あたしは激しく刻んでいる胸の中のノートをギュっと抱き締めた。
『ありがとう』って……明日、ちゃんと言おう————
☆ ★ ☆
「入るわよ、なみこ」
おそらくあたしと松浦くんに出すつもりだったのだろう。ドアをノックして2脚のマグカップを乗せたお盆を持って部屋に入ってきたお母さん。
砂糖を入れるのかも聞かずに彼女はあたしのピンク色のマグカップに3個の角砂糖をコロンコロンと放り込み、スプーンを突っ込んで渡してきた。
中身はカフェ・オレ。ほんのりと苦く、甘い湯気があたしの顔を包み込む。
(んっ、いい香り……。うふ。パジャマ姿で眠る前、こうやって飲むカフェ・オレって、最っ高……)
「……何してたの? あんたたち」
「んえッ!?」
マグカップを受け取ったと同時に単刀直入にえらい質問を投げ付けてきたお母さん。150Km/h超えの内角ギリギリ直球(ストレート)ボールをわたしはわざと見逃して、慌てて手元のカップに口を付けた。
「熱っつ!!」
手が震えてカフェ・オレを派手にこぼしてしまった。
「もうっ! おっちょこちょいなんだから!
熱い物を飲む時は気を付けなさいって! もっと女の子らしくおしとやかに振る舞いなさいって、いつもあれほど言ってるでしょ! 全くホントにあんたは……」
お母さんに“おしとやかに”なんて言われたくない。しかし、ブツブツ文句を言っていながらもカフェ・オレをこぼしたあたしの手を優しくポンポンとふきんで拭いてくれているお母さん。
「……大丈夫?」
「う、うん、大丈夫。殆ど床にこぼれて、ちょこっとしかかかってないから……」
ふきんをお盆の上に乗せ、彼女はあたしの右手をそっと両手で握って何かを呟き出した。
「思い出すわ。確か昔もあったわよね、“こんな事”……」
(え? 知らない……けど)
「鈍感で無神経なあんたに、鷹史くんが“やきもち”妬いてすごく怒った事……」
(だから知らないって……。何言ってるんだろ、お母さん……)
「頭がいいし、優しいし、なんてったってあんなにも男前。昔も可愛かったけど、今も、さぞかし女の子にモテてるでしょうね、彼」
“優しい”の所だけは絶対違う様な気がするけれど、お母さんはあたかも松浦くんの私情を知っているかの様にベランダ越しに彼の部屋を遠い目で眺めながら語り始めた。
あたしも人の事を言えないかもしれないけれど、少々強引な都合の良すぎる妄想癖のある彼女の話を7割がた削って聞いておいた。
「どっこいしょっ、と」
あたしのベッドの上に大きなお尻をドカッと乗せたお母さんの隣に、あたしも彼女がカフェ・オレと一緒にお盆の上に乗せて運んできたロールケーキを1切れつまんで腰を下ろした。
「大事な話って何だったのかしら? あなた達の楽しそうな笑い声、1階まで聞こえてきてたわよ。
あらっ? コレを渡しに来たのかしら? ……交換日記?」
聞かれていたのは笑い声“だけ”だったのだろうか。
「ごほ! ……んごっ」
ロールケーキを口の中に一気に押し込んだせいもあり、むせ込んでいるあたしの背中をさすり、彼女は自分のマグカップを手に取って『飲みなさい』と渡してきた。
「さっき、おしとやかにしなさい、って言ったばかりなのに……」
ため息をつきながら『見せて』の断りもなく、彼女はあたしの膝の上に乗せたノートを勝手に手に取り、パラパラとめくり始めた。
もう、このお母さんときたらプライバシーもへったくれもない……。まぁ、どうせ“手作り参考書”なのだし、見られて困る事は(多分)書かれていないだろうけれど……。
(ま、いっか)
あたしは諦めてカフェ・オレをすすった。
交換日記、か。もし本当にあたしと松浦くんがそんなコトをしていたとしたら、ダメ出しを毎回びっしり書かれるに違いない。
「ふぅ……っ」
今日1日であたしの身に起こった色んな出来事をカフェ・オレで流し込んでひと息ついたら、お母さんはさらにとんでもない事を言い出した。
まるで、あたし達の笑い声だけではなく、今彼女と一緒に腰を掛けているこのベッドの上でついさっき松浦くんと交わした裸のやりとりを見ていたかの様に————
「今度、鷹史くんがうちに来た時はチーズケーキをご馳走しなくっちゃね。彼に食べてもらうの何年ぶりかしら。腕振るっちゃうわよ、お母さん。
そうだわ! お母さん付きっきりでレシピ教えたげるわ。
————あんたが作りなさい! それがいいわ!
絶対喜んでもらえるから!
こんなにズボラで女らしくもないあんたをもらってくれるのは彼しかいないんだから。……ねっ?」
- 繋がった真実 ( No.91 )
- 日時: 2013/01/05 21:16
- 名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)
なんとなく……だけれども、お母さんの手作りチーズケーキを美味しそうに無邪気な笑顔でほおばっていた幼少時代の松浦くんの記憶がじわじわと蘇ってくる。
『なみちゃんとケッコンしたら……さ、このケーキ、まいにち食べられるの、かな?』
『ケーキすきだもんね、鷹史くん』
『えっ……あ……う……ケーキもだけど……なみちゃんのことも好……
……あ、あははっ、お口が食べかすだらけだよっ、なみちゃん!』
————おまえが好き、なんだ……って言ってンだろ……。まだ分かんねーのか、この鈍感!
『鈍感で無神経なあんたに、鷹史くんがやきもち妬いてものすごく怒った事……』
(やきもち……)
塾に通う事になるまでは、近くに住んでいながらもお互いに関わる事を避け合ってきたあたしと松浦くん。そんなあたし達はお母さんの野望を込めた勝手な策略(?)で、嫌でも接近“しなくてはいけない”環境に投げ出された。
接近しなければ、きっとまだ……もしかしたらずっとこれから、いつまで経っても松浦くんの心に触れる事など無かったのかもしれない。
思い起こせば、いつもあたしの顔を見ずに暴言を吐き、嘲笑ってばかりいただけの彼が、あたしに向けて感情的な表情を見せ機嫌を悪くしたり、言葉で表すだけではなく身体に触れて意地悪な事をしてきたのは、あたしが塾に通い出した時からで————全部、高樹くんが絡んでいた時ばかりだった。
「さっき鷹史くんの話を聞いて大体は分かったわ、お母さん。いつも人に頼ってばかりのあんたの事だから、どうせ何か困った事がある度に鷹史くんに助けてもらってるのよね……。昔から優しいから、鷹史くんは……。
情けない……。塾に通わせたら真面目な鷹史くんに影響されてだらしない性格が少しでも直ってくれるんじゃないかと思ったのに甘かったわ。……これじゃあ逆効果じゃないの。
今度、鷹史くんに会ったら言わなくっちゃね、“なみこに厳しくしてちょうだい”ってね……」
“大体分かった”————そう言っているお母さんは何も分かってなんかいない。アレ以上厳しくされたらあたしは一体どうなるんだ。もう笑うしかない……っていうか笑い事ではないよ、コレ。
ノートを1ページずつめくってはため息をこぼしているお母さん。
あたしの情けなさも笑い事ではない。
「こんなに良くしてもらって……。
あんたは幼馴染のよしみでコレが当たり前だと思ってるんだろうけれど、大切に想われているのよ。
鷹史くんだって自分の勉強の事で大変なのだろうに……。お礼の一つぐらい返すのが礼儀よ、なみこ」
いつもじゃない。たまたま今夜だけだよ……。
お母さんの良く動く口からボンボンと飛び出す“松浦くんは優しい子”なのだというセリフを心の中で否定しながら、視線を外して頷いた。
“あたしの”手作りケーキでお礼……か。
言葉で返すより伝わってくれるかな————
今まで自分で料理なんて“うどん”くらいしか作った事のないあたしだけれど、専業主婦歴10年以上のおかあさんに付きっきりで教えてもらえるのならば、大丈夫、だよね……。多分。
『ありがとう』と一緒に『あたしだって頑張ればできるんだよ』っていう所を見せたいの。
————松浦くんに……一番。
「なみこ……ごめんなさいね。
隠しててもアレだから、この際お母さん告白しちゃうわ。実はね————あんたと同じで勉強苦手だったのよ、お母さんも……」
チリチリパーマヘアーのサイドを耳に掛けながらノートを返してくるお母さんの言葉にわたしは“お母さんも勉強がキライだったんだ”というよりも、“お母さんがあたしに対して謝ってきた事”に驚いた。
だって……いつもは逆の立場だったのだから。
ベッドのマットレスにずっぷりと沈んでいるお尻を持ち上げたお母さんは、あたしの傍に寄り添ってきた。
「あんたには助けを求めたらすぐ飛んできてくれる心強い騎士(ナイト)が常に守ってくれているからいいけれど、お母さんにはそんな人居なかったのよね……。
引っ込み思案でお友達なんても居なかったし、先生と話すのも、なんか恐くってね……。学校に通うのが毎日憂鬱でしょうがなかったわ……」
大きな声で近所中に家庭の事情をまき散らすわ、水と油の様なあたしと松浦くんを無理矢理繋げようとするわ……もし彼女にあだ名を付けるとしたら、ズバリ“歩くお節介スピーカー”。あたしは何も言わず……というか、開いた口も塞がらない、という感じで口を半開きにしながら彼女の話を聞いてはいたが、やはり至る所ツッコミどころだらけであった。
信じられないけれども、もし、この話が本当なのだとしたら……お母さんがあたしと同じ年頃の時は、あたしみたいな子だった、という事だ。
「あげくの果てに、不運にも中学時代3年間連続で同じクラスのある男の子にしょっちゅうバカにされていじめられ三昧で散々だったのよ……。しかも彼が隣の席になった時があって、担任の先生に席を替えてもらえる様に交渉しようかと思ったくらい苦手な子だった……。
彼もお母さんの事が嫌いならば、わざわざ関わってこなければいいのに、何故かわたしにだけちょっかいを出してくるのよね。
そのせいで、ろくに食事も喉を通らなくて、みるみるうちに痩せ細っていくわで……」
「ふ、ふーん……」
あたしの隣で今まで明かさなかった過去の自分の薄暗い青春時代をパンパンにはち切れそうなチェーンベルトを緩めながら告白してきたお母さん。
あたしは昔のお母さんだけではなく、話の中に出てきた意地悪な男の子が“彼”に似過ぎてていると思い、お母さんの話をコレ以上聞くのが少し怖くなった。
「でもね、お母さんはあんたと違って諦めなかったわ。
やられてばっかりじゃ……自分が変われないままじゃ、悔しいじゃない。————ある日、塾に行く事に決めたの。
いっぱい勉強して、“彼を見返してやるんだ!”ってね。そりゃあもう、彼を超えてやるくらいの気持ちでね」
ココだけはあたしとは違う理由で塾に通い始めたお母さん。
しかし、偶然の一致はまたもや重なりだすことに……。
彼女“も”その塾で知り合った他校の男の子に一目ボレをしてしまったという。……血は争えない。
“ボロボロのシンデレラに魔法をかけてくれた王子様”は、その人……だったのかな?
まるで恋する乙女に戻ったかの様に頬に手を添えながら、ちょっぴり恥ずかしそうにその先の初めての恋愛体験を語り出したお母さん。
あたしの様なスゴい体験まではしていなかったが、彼女曰く、“塾の君”と少しずつ深く関わっていくうちにお母さんは気付かない間に学力だけではなく、女子力までも上げていた様だ。
これまた信じがたい話だが、高校時代は“モテ期到来!”という感じだったらしい。
それにしてもお母さんをいじめていた、“彼”にそっくりな男の子はどうなったのだろう。
見事、頭が良く綺麗に変身したお母さんを見た時、どう思ったのだろう……。
『娘は本当にわたしによく似ていて————』
体型も性格も“今”のお母さんとは全く違うお母さんが、よく近所の人と話していた。
ずっと疑問に思っていたけれど、やっと納得できた。
お母さんは松浦くんのお母さんとの交流をさらに深めるためだけではなく、あたしのためを思って塾に入る事を薦めてくれていたんだ————
「じゃ、お父さんは……“塾の君”だったんだね、お母さん」
問い掛けにお母さんはあたしの頭を優しく撫でてこう答えた。
「秘密……よ」