複雑・ファジー小説

Re: 神様チルドレン【参照900突破ありがとう!】 ( No.41 )
日時: 2013/03/09 13:05
名前: 三月兎 (ID: DMJX5uWW)

 【Valentine】ちょっと遅めの番外編




 奈々希は小さく息をこぼした。どくどくと全身の脈が音を立てている。しかも緊張しているせいか、手が汗ばんできていた。
 誰もいない教室の窓から、校庭をに目を向ける。そこから見える景色はいつもと違い、真っ白な絨毯を引いているようにも感じた。小さな雪の塊が、ゆっくりと空から降ってきている。

 「……さむ」

 奈々希はそう呟き、持っていた小さな紙袋を持つ手に力を込めた。
 クシャッ紙のつぶれる音がし、ハッとして力をゆるめる。反射的に紙袋を見たが、外側が少しへこんだだけで中身には害がなかったようだ。

 奈々希はピンクと白のドット柄のそれを、傷付けないように包み込む。そして、ゆっくりと息を吸った。

 「遅いなあ……樹君」

 奈々希は横目で時計を見ながら、ため息交じりに言う。
 ホームルームの後、樹が委員会があるからと教室を出て行ってからおう30分はたっていた。もうそろそろ帰ってきてもいい頃だろう。

 とはいえ30分ならば、絶対帰っている時間ではない。
 しかし、奈々希はどんどん不安になっていた。

 淡白なところのある樹なら、自分が待っているということを忘れて帰宅している可能性どころか、今日がバレンタインデーであることすら忘れていそうだからだ。
 紙袋の中にあるガトーショコラを、そんな理由で台無しにはしたくない。というか、樹に渡せないなんて馬鹿馬鹿しいだろう。

 「……そもそも樹君、私のこと……」

 いったん考え出すと、もう悪い考えは止まらなくなっていた。
 感情が顔に出にくい樹が、もしかしたら自分と仕方ないしに付き合っているんじゃないか、もしかしたらチョコレートなんて好きじゃないんじゃないかと、幅広いいろんなことが頭の中を駆け巡る。

 「……だめだ、ネガティブだな最近の私……」

 奈々希は窓に手をかけ、ゆっくりとあける。それと同時に、冷たい空気が彼女に吹きかかった。吐く息も一気に白くなる。

 「……もう!こんなのい」
 
 彼女は大きな声で叫び、そこで言葉を切った。ひんやりとした冷たすぎる何かが、彼女の首に触れたのだ。

 「ひゃあっ!」
 「時間差だな」

 思わず振り返るとそこには、いつのまにか樹が立っていた。冷たすぎるそれは樹の手だったのだ。

 「お、おかえり……」
 「ただいま」

 いつもと変わらぬ飄々とした態度で言う樹は、ふと思い出したように口を開く。

 「遅くなって悪かったな。あとさ、もう一回そっち向いてくれないか?動かないでくれよ」
 「へ?」

 彼の言うそっちとは、窓のほうのことを言うのだろう。奈々希はよくわからなかったが、とりあえず言われた通り窓のほうを向いた。そこで窓を閉めることをすっかり忘れていたことに気が付き、窓に手を伸ばした……時だった。

 樹の手が奈々希の首に回り、かすかな鎖の音がする。そしてゆっくりと樹は手を放した。

 「……はい」

 樹の声とともに、奈々希は自分にかけられたそれに視線をやる。そして人もを大きく見開いた。

 「かわいい……!」

 奈々希の首元のそれは、銀色の小ぶりなネックレスだった。横を向いた妖精のシルエットような飾りがついており、羽の部分には3つ小さな石がついていた。それぞれ淡い赤とピンク、そしてオレンジに輝いている。

 「い、樹君……!ありがとう!でも、これなんで……?」
 「なんでって……奈々希今日誕生日だろ?おめでとう」
 「あ……」

 奈々希の頭の中はバレンタインのことでいっぱいだったのだが、実はこの日は彼女の誕生日だったのだ。
 奈々希は頬を紅潮させ、きゅっと目を細めた。

 「覚えててくれたんだ……!」
 「当たり前だろ?『彼女』の誕生日なんだから」

 樹は呆れたように笑い、「じゃあ帰るか」と鞄を担ぐ。
 そんな彼のブレザーの裾を、奈々希は弱い力で引いた。
 驚いたように振り返る樹に、奈々希はにやりと口角を上げる。

 「もう……!今日はもう一個大事なイベントがあるでしょ?」

 奈々希はそう言いながら、桃色の紙袋を樹に差し出す。
 そして、飛び切りの笑顔でこう言った。

 「ハッピーバレンタイン♪」