複雑・ファジー小説
- Re: 神様チルドレン【参照900突破ありがとう!】 ( No.59 )
- 日時: 2013/07/10 22:11
- 名前: 三月兎 (ID: kJLdBB9S)
「……くそ……!渡すわけにはいかないんだ……!」
仙川の短く低い呟きに、集められた警備員や部下たちは一瞬ピクリと肩を動かした。普段は少し弱そうに見える中年の男も、凄味が入れば雰囲気を変える。その表情はまさに裏社会の人間の悪意を放っていた。
仙川は今パーティー会場を少しの間抜け、自室で今後の対策を練ろうとしていた。音もしない、反応もない、それでも神様チルドレンが自らに近づいているという確信があったのだ。自分が、いや、狙われている『それ』を所持しているがゆえに。
「しっかし、本当に存在するとは……だがこんなことやってのけるのはあいつらしかいないだろう……」
「私もそう思います」
仙川の言葉に、突然言葉が返された。しかし口をきいたのは部下でも警備員でもない。黒い髪をオールバックにした、これまたいい年の刑事だった。いつのまにこの部屋に入ってきたのかと、仙川は驚いたように目を見開いたが、雨宮という名の彼は黒い瞳を細め、仙川に挑むように続ける。
「ですが架空ともいわれるような奴らに狙われるにはそれ相応の理由があります。……あんたは何をした?」
「な……何を言ってる!何もしていない!」
「……このままじゃ死人が出る可能性もある。奴らの存在を知っているなら、凶悪性が高いことも知っているだろう」
「だから何も」
「はけ!!」
凄まじい怒声だった。静かにしていた部下たちも思わず体に緊張を走らせるほどのそれに、仙川もひるんだように目をきょどらせた。しかしすぐに含み笑いを浮かべ、馬鹿にしたような目つきで雨宮を見た。
「……だったらなんだ?何かをしていたとして、あんたらには何もできんだろう?」
「なんだと?」
「政府の下でへこへこ頭下げてればいいんだよお前らは。どうせもう神様チルドレンも終わりさ」
「……何を」
許しがたい侮辱に必死に耐え、雨宮は意味深な仙川の言葉を聞き返した。仙川は意地悪い笑みを深め、ニヤニヤとした表情で続ける。
「大事な大事な『白い少女』によってな」
***
「意外と弱いっすよね。ここの警備員」
「だな」
純一は手のひらをぱんぱんはたきながら、隣に立つ影無に笑いかけた。影無は腰に手を置き、彼の言葉に同意して首を縦に動かす。二人の目の前には数人の警備員が折り重なるように倒れていた。全員が血を一滴も流していない。雅は壁に寄りかかり腕を組んでそれを眺めていたが、ふと思い出したように純一に声をかけた。
「純一さん、早くやったほうがいいんじゃない?ほかのとこもやらなきゃいけないでしょ?」
「ああ、そっすね」
雅の言葉に純一はうなずき、気を失っている警備員たちに近づいてしゃがんだ。そして彼らの頭の上で右手をかざす。彼の腕が通ったところは、ぼんやりと淡い水色の光を放っていた。雅は「どう?」と短く声をかける。純一は立ち上がり、ピースをしてみせた。
「便利な能力だなお前は。人の記憶を『水に溶かせる』なんて」
影無の言葉に、純一は「そっすか?」と苦笑いをする。
そう、純一の能力は水に物事を溶かす能力だった。溶かせるものは物質も含めてすべての『出来事』だ。人間の記憶も、彼にかかればすっかり架空の水に溶かされてしまうのである。そして、純一の能力はこれだけではない。一つの能力を二つの別の能力として扱える……それが彼の力が『水界の悪魔』と呼ばれる理由でもあった。
その直後純一のズボンのポケットから、ピーピーと芸のない音が響いた。彼が手を突っ込むと、そこにはあの通信機がある。
『純一君?そろそろこっちきてくれない?』
普段よりも少し高く聞こえるそれは立華の声だった。純一は適当に返事をするとどのあたりにいるのか聞き、「じゃあ俺行きますね」とだけ影無と雅に向ける。
そして近くの壁に手をあて、それをずぶずぶと突き進ませていった。溶かされているのは彼の肉体なのかそれとも壁なのか。
人が壁の中に消えるのが当たり前なのか、残された二人は何も考えずに歩き出した。