複雑・ファジー小説

Re: アビスの流れ星 ( No.14 )
日時: 2013/01/01 20:31
名前: 黒田奏 ◆vcRbhehpKE (ID: 9U9OujT6)




 赤い髪の男の人の名は『シドウ』というらしい。出身はこの旧日本だが、アメリカと呼ばれていた場所にあるライブラの本部から、ここ日本支部に転属となったのだそうだ。
 階級は大佐。将官に次ぐ相当なお偉いさんだ。その階級に反して、見た目はかなり若く見えた。見たところ、まだ二十代前半程度だろうか。十九、十八くらいと言われても違和感はない。
 しかし、赤い髪に、赤い瞳。私と同じくらい目立つ容姿でありながら、彼の周りに漂う雰囲気は海底のように深く、落ち着いて見えた。こういうのを、只者ではない雰囲気というのだろうか。
 そういえばエンドウさんが、彼は本部でも『真紅の流星』と呼ばれる程の凄腕として有名だったと言っていた気がする。彼の髪と瞳の色が、そう形容させたのだろうかとぼんやり考える。

「事前に通達があったと思うが、本日一二〇〇を以って、私がここ旧日本支部の第一部隊長に任命される。よろしく頼むぞ、フミヤ曹長」
「え……あ、は、はい! こちらこそ、よろしくお願いします」

 この人とうまくやっていけるだろうか。そんなことを不安に思っていた。それほど彼は、表情を変えずに仏頂面のまま淡々と話を進める。もしかしたら、マツヤマさんのように、冷たく見えるのは外面だけかもしれないと期待を抱く。
 彼の配属に伴って、私が副隊長に任命されること。もう一人は、数日ほど遅れてやってくるということ。その他、私の給与の変動、前の隊員……アイカワ隊長たちが負っていた業務の引継ぎ、エトセトラ、エトセトラ。色んな報告が彼の声で私の耳を右から左へと通り抜けていったが、ほとんど頭脳に入っては来ない。
 その私の様子を見て取ったのか、資料に向いていた彼の鋭い視線がこちらを向いた。

「……聴いているのか?」
「え……あ、はいっ」

 問われ、少し遅れて気づいて、笑顔で誤魔化そうとするも、もう遅い。私が別のことを考えていたと、すっかり悟られてしまった。
 バツが悪くなって、無意識に目を伏せる。まるで私は犬か猫かのようだと、自分でそう思った。そんな私の様子を見ると、シドウ大佐は資料の束を手にしたまま溜め息を吐いた。



「そんなだから、自分の部隊員を殺す羽目になるのだ」



 突然、心の一番やわく脆い部分を、鋭い槍で突かれた心持ちになった。

「シドウ大佐……!」
「話はこの受付嬢からあらかた聞いているぞ、フミヤ曹長」

 エンドウさんの制止を遮って、彼は言葉を続ける。喉元に切っ先を向けるサーベルのように、無骨で、冷徹な声色だった。

「レイダーを殺し損ねたことに気付かず、更にはそれに呆気を取られ、仲間を見殺しにしたそうじゃないか」

 いとも容易く私の胸の内を抉る言葉が、……事実が、頭上から次々と降りかかる。その口調から、彼が眉一つ動かさず言い放っているのだとよく解った。

「『ぼうっとしていた』『吃驚して身体が動かなかった』そんな言い訳が此処で通用するとでも思っているのか?」

 視界が小刻みに震えて、ただ抑揚のない言葉が次々と重く圧し掛かる。反論の余地すら与えずに。
 脳髄が揺さぶられるような錯覚の中、自分の目頭が熱を帯びていることに気付いた。
 自分に、ここで涙を流すような資格は無い。そう思ってはいても、涙腺が脆く崩れ落ちるのは時間の問題だった。

「次は誰を殺すつもりだ?」

 一呼吸置いて、極めて冷静に突きつけられたその言葉を皮切りに、彼による私を責め立てる文句は途絶え、私は嗚咽を洩らし始めた。しかし、泣けば許されると思うなよ、と、この部屋に漂う沈黙が語っていた。

「……この状況で業務連絡を済ましても意味が無いな」

 シドウ大佐はもう一度深く溜め息をついて、近くの黒檀のデスクに持っていた資料の束を放った。

「細かい連絡事項の全てはそれらに記載されている。必ず確認しておけ」

 涙を堪えきれない私を見捨てたように、シドウ大佐は背を向け、思い出したように、それから、と付け加えた。

「辞令だ。尉官四名が『名誉の戦死』を遂げたことで『自動的』にお前の出世が決まった」

 彼は、鉄の扉をくぐるとき、無表情のまま視線だけこちらを一瞥して。

「本日一二〇〇付けで、貴官は少尉に任命される。おめでとう、フミヤ少尉」

 再び鉄の扉が下りて、私に果てしない屈辱と悔しさと、自分勝手な、どうしようもない怒りと、何より惨めさを置き去りにした。
 嗚咽と涙をこらえようとするのに精一杯で、優しいエンドウさんのフォローは全く耳に入ってこない。しかも、堪えようとする努力も虚しく、涙腺の熱は冷めやらなかった。
 どうやら上手くいくいかないどころの話ではないらしい。全て自分が招いたことと知りつつも、私の、彼……『真紅の流星』に対する第一印象は最悪であった。