複雑・ファジー小説
- Re: アビスの流れ星 ( No.15 )
- 日時: 2013/01/02 13:46
- 名前: 黒田奏 ◆vcRbhehpKE (ID: 9U9OujT6)
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シドウ大佐との初の合同任務は、最悪なファースト・コンタクトの翌日だった。
「……例の、新種のレイダーの反応が確認された?」
ライブラ旧日本支部のエントランス。
はい、とエンドウさんがシドウ大佐の訊き返しに応える。
「四日前に第一部隊と交戦した不死身のレイダーのようです」
あの、頭がタコみたいで胴体が犬のような、大きなレイダーのことだ。私が頭部をずたずたに引き裂いても尚健在であったから、不死身のレイダーと呼称されているらしいと知った。
シドウ大佐は、ふぅむ、と少しの間沈黙する。目を細め何かを考え込んでいる様子だった。けれど、少しも経たない内に。
「私が討伐に行こう」
シドウ大佐は、すぐにヘリを用意してくれ、などと言いながら懐から取り出した黒い手袋を嵌める。
その後、慌てて大佐を引きとめようとするエンドウさんの反対を押し切り、私たちはたった二人で未知のレイダーと相対する為にヘリに乗り込む。
そして現在、揺れるヘリの中へと至るわけである。
わけもわからないまま、というか半ば投げやりに彼に従った私は、今になって無茶だと思った。
通常、レイダーの討伐任務は一体を相手に四人から六人程度でかかるものだ。それをたった二人でなど。しかも、支部を出るときにエンドウさんも言っていたのだが、アイカワ前隊長を両断した、姿を自在に消せるレイダーもターゲットと一緒に居る可能性があるのだ。
しかしシドウ大佐は平然として、頬杖をついてヘリの壁に体重を預けていた。
「そろそろ目標地点に到着するぞ、フミヤ少尉」
はい、とだけ短く返事を返した。
何か勝算があるのかとか訊いたり、笑顔を作る気にすらならなかった。口を開けばまた何か言われるのではないかと思い、ただ黙って時が過ぎるのを望んだ。
いっそ死んでしまえばこの重苦しさからも解放されるのだろうか、なんて考えながら。
シドウ大佐も、黙って横目で私を見ていた。まるで観察するように。見下したような態度がちょっとだけ癪だったので、私も負けじと視線で反撃する。何か言いたいことがあるならはっきり言ってください、と。
すると大佐は昨日のように深いため息をついて、ゆっくりと口を開く。
「……お前はレイダーに攻撃を加えるな」
はい? と、思わず聞き返した。
「レイダーに攻撃するな。陽動もしなくて良い。最低限自分の身だけ守れ。これは命令だ」
二の句を次げず、え、あ、と意味の無い母音だけが私の口から出る。
その命令の意味を問うことも叶わぬまま、ヘリの運転手が、目標地点に到達したと私たちに伝える。
「さて、時間だ。準備は出来ているな?」
言いながらシドウ大佐は立ち上がる。間抜けに口を半開きにして現状すら把握できていない私を置き去りにして。
もう何がなんだかわからないまま、彼は先にヘリから身を乗り出して行ってしまった。数瞬呆気にとられていたものの、私も慌てて後から彼を追う。
いつもの分厚い空圧を全身で受け止めながら風の中を落ちていく。黒地のインナーと銀色の甲冑は既に身に着けていた。
慌てていたためか、着地は少しよろけていつもより少し不恰好になる。それでもどこかを痛めたり、傷を負ったりすることは無かったので問題無しとする。
顔を上げると、少し前方にシドウ大佐の姿があった。あの黒く丈の長いコートは着たままだ。あの下に私のようなインナーと甲冑を着込んでいるのだろうか。元からごついデザインではないため、見た目では判別はつきにくい。
そしてシドウ大佐が見据えるさらに前方には、剣呑としてのっしのっしと歩いてくる、あのタコ頭のレイダーの姿があった。タコ頭のレイダーの頭部は、すっかり回復している。傷一つないのだ。よっぽどの再生能力でも備えているのだろうか。
ぎょろぎょろと大きな目玉を動かしながらこちらへ悠々と近づいてくる巨体を前にして、シドウ大佐は呟いた。
「……あれは一つではなく、二つだな」
「え?」
「なんでもない」
彼は腰に差したサーベルを、二本、抜く。そのままだらりと両手を下げて、肩から力を抜いて、真正面からレイダーを見据える。
レイダーはシドウ大佐の殺気を感じ取ったのか、あちらこちら動かしていた目玉の焦点を彼に合わせる。
「……作戦は先程口頭で伝えたとおりだ。お前は無駄なことをしなくて良い」
言い方にむっとしたが、彼は肩越しに私を見て、次にこう言った。
「ただし、よく見ておけ」
言い終わるや否や、彼の姿が消えたのかと思った。それは違った。ただ彼は標的に向かって走り出しただけであった。しかし、その動きは今までに私が見た誰よりも速い。
レイダーも負けじと、剣のような牙が並んだ大きな口を開いて咆哮する。
大地を震わす大音声にシドウ大佐は全く動じず疾駆して。
そして、彼の身体はレイダーの喉へと、吸い込まれるように飲み込まれた。