複雑・ファジー小説
- Re: アビスの流れ星 ( No.2 )
- 日時: 2023/02/04 12:13
- 名前: 黒田奏 ◆vcRbhehpKE (ID: hi4BpH9d)
第一章「生きるという責任の在り処」
1
一見、青いバイザーと白銀のヘッドフォンに見えるそれを装着する。
私は全身に黒地のインナー、その上にヘッドフォンと同じ銀色のスマートな甲冑を纏っていた。
甲冑とはいっても両手足と胸元に装着する程度の極めて軽度なものである。
武器も、これまたシルバーの銃と二本のサーベルだけであり……それらによって、私たちの装備は機動性を重視したのだと一目でわかる。
「こちらフミヤ。……出撃準備整いました」
ヘッドフォンから伸びるインカムに囁く。
大きなプロペラ音を鳴らして滞空するヘリコプター内には、私のほかに四名の仲間が居た。
仲間たちの視線を交互に見渡す。彼らもまた私と同じように黒地のインナー、白銀の甲冑、青いバイザーに身を包み武器を携帯していた。
彼らと私を含めた五人が『元日本支部第一部隊』の隊員である。
『——出撃せよッ!!』
ヘッドフォンの奥から飛ばされた指令を合図に、私たちは続々とヘリコプターから身を乗り出して、跳ぶ。
ヘリコプターが留まっていたのは若干傾いた廃ビルの真上であった。もっとも、見渡す限りどれも廃墟か瓦礫かであるのだけれど。
生身の人間ならば、きっと思い切り投げた蛙のようにビルの屋上へ叩き付けられて死んでしまうだろう。しかし私たちは怪我ひとつ負わず次から次へと軽やかに、傾斜したビルの屋上へと降り立つ。
それから息つく間もなく、散開して駆け出す。
隊長は私と一緒に正面へ、アルベルトさんは左へ、マツヤマさんとミズハラさんは右へ。
立ち並ぶ廃墟、駆ける仲間の背、一面の青空……そして、浮かぶ真っ黒で大きな星。そろそろこの景色にも、慣れてきた頃合だった。
視線の先には、灰色と黒に包まれた大きな化け物。
「ターゲット捕捉! 攻撃を開始します!」
——記憶の一切を失い、保護されていた私が聞いた話はこうだ。——
私は腰に提げた二本のサーベルを抜き、逆手に持つ。
すぐ前を走る隊長も左手に銃を、右手にサーベルを掴み、他の三人も各々の武器を構えて尚も標的へと。
ビルからビルへと跳んで疾走を続ける。
——昼夜を問わず、あの黒い星が空に浮かぶようになったのはたった数十年前のこと。——
毎度のことながら、標的の外見は端的には表現しにくい。
今回の標的は、大きな目玉がひとつぎょろりとのぞいたタコをそのまま頭にくっつけた四足歩行の生物のような見た目であった。
向こうもビルの屋上から屋上へと飛び移っていたのだが、こちらに気付くと鳴き声と思しき不快な不協和音を発した。
——黒い星、通称『アビス』の出現と共に、世界各地に正体不明の化け物が出没するようになったという。——
最初に仕掛けたのはアルベルトさんだった。
彼は急に立ち止まり片膝をついて、持っていた大きな銀色のライフルを構える。
そしてすぐに、爆音じみた銃声。
銃声は一度では終わらず二度三度と連続して、化け物……通称『レイダー』に炸裂する。
——世界各地に現れた化け物、レイダーは大量殺戮を繰り返し、繁栄の絶頂にあったかと思われた人類の文明を容易くひっくり返した。——
標的であるレイダーは頭部に爆撃を複数回受け、その巨体をよろめかせる。
絶好のチャンス。その一瞬を隊長は逃さず、不安定になったレイダーの足元に銃で弾丸を叩き込む。
右側から回り込んでいたマツヤマさんとミズハラさんの二人が、倒れる寸前の脚にそれぞれサーベルで斬り込む。
——生き残った人類には、各地のシェルターに籠もり寿命を待つほか道はないように思われた。——
標的は更なる絶叫を上げる。そして案の定身体のバランスを狂わせ、屋上の端から足を滑らせ落下しようとする。
それを見て私は、走る速度を更に速める。
仲間たちを追い抜いて、一直線に標的の元へ飛び込む。
——だが、シェルターの外へ出て奇跡的にも帰還したごく僅かな人間たちは、ある対抗手段を生み出した。——
標的と共に、ビルとビルの間を落下して行く。
逆手に持った両手のサーベルを振りかぶり、落ちながらも深く息を吸う。
狙うは頭部、失敗は許されない。
——それはレイダー共の死骸を使い、防具及び武器を精製し、それらを用いて正面から戦うことであった。——
一瞬小さく息を吐き、両の腕を全力で振り抜く。
標的の接地と共に繰り出された一閃は、そのタコのような巨大な頭部を目玉ごと豪快に引き裂いた。
レイダーの耳障りな断末魔は途切れ、それが明確にその化け物の絶命を意味していた。
巨体が瓦礫に落ちる鈍重な音と雑多なものが崩れ落ちる音。
私はその巨体の上に、難なく着地した。
このレイダーが完全に活動を停止したことを確認すると、私は空を見上げた。
流れていくような薄い雲が浮かぶ空の真ん中に、相変わらず『アビス』の黒い星は居座っていた。
——そして、それらの兵装を用いてレイダーに対抗する軍団。人は彼らを『クラヴィス』と呼ぶ。——