複雑・ファジー小説

Re: アビスの流れ星 ( No.33 )
日時: 2013/01/09 19:50
名前: 黒田奏 ◆vcRbhehpKE (ID: u83gKCXU)




 ヘリが撃墜された直後、咄嗟に戦闘に移ったスギサキさんによってバハムートはまず翼を使い物にならなくなるまで撃ち抜かれ、地上に落ち、そしてすぐに首を斬りおとされたのだそうだ。
 救難信号で私たちを呼んだのは、運転手二人はヘリが破壊された衝撃で、スギサキさんは隣の空いた座席に通信端末を置いたままだったのでヘリと一緒に大破して、連絡機器のほぼ全てが役に立たなくなったから仕方なく、らしい。
 本来ヘリによってこういった長距離間の移動が行われる場合は、事前に周辺にレイダーの反応の有無の確認がされる。しかしバハムートは強さもさることながら、非常に飛行能力と移動速度に長けた個体であり、直前までその姿は確認されなかったということだ。

「そのバハムートを一人で仕留めるとはな。流石だ」

 通信端末で支部への連絡を終えたシドウ大佐が、スギサキさんに、本当に珍しく賞賛の言葉を贈る。あまりに珍しいものだからちょっとだけ羨ましい。ちょっとだけ。本当にちょっとだけだ。……たぶん。
 スギサキさんは私からシドウ大佐に視線を移す。彼は目つきが悪いので、一見すると睨みつけているようになってしまうのだが、本人にそのつもりはないらしい。
 実際のところ彼は朗らかで、結構フレンドリーな性格だ。むしろ「そんなに無愛想に見えるのか」と私に訊いてきたことがあるほどである。悩んでいるらしい。

「こっちこそ噂は聞いてるぜ、真紅の流星さんよ。お褒めに預かり光栄って奴かな」

 言いながら、スギサキさんは立ち上がって背伸びをひとつ。彼の腰から骨の鳴る音が聴こえた。それから振り返って、こちらを向く。今私たちの足の下で骸と化しているバハムートの体液なのか、彼のジャケットとジーンズはところどころが墨汁のように黒い液体で若干濡れていた。
 両腰にかけたホルスターには大き目の、銀色のリボルバーが二つ。それから腰の後ろで交差させるようにして、二本のサーベルを差している。

「そういうワケで、今日から旧日本支部に配属になるスギサキだ。よろしく頼むぜ」

 スギサキさんはにやりと笑った。彼が笑うことは少ないが、その笑顔は確かに、記憶に残っているスギサキさんのものだった。

「よろしく頼む」
「よろしくお願いします!」

 私たちも応えた。
 ——赤い髪に赤い瞳、黒コート。階級は大佐。常に冷静沈着。多くの支部を飛び回り、圧倒的な戦闘力ゆえに『真紅の流星』の異名で呼ばれるシドウさん。
 黒髪に目を覆う包帯を着けた少年。階級は少佐。飄々とした性格。私と大して変わらない年齢でありながら、ライブラで最も多くのレイダーを討伐したスギサキさん。
 それから、私。——

「そういえば『ヒドラ』も『ケルベロス』も、あんたが仕留めたって聞いてる」
「懐かしい名前だ。ヒドラを倒したのはもう三年も前になるか」

 いきなり私が聞いたことない単語を持ち出して、彼らは会話を始める。ヒドラとケルベロス。それらもシドウさんが言っていた、コードネームを持つレイダーの個体だったのだろうか。

「最近じゃ不死身のレイダーも……」
「ああ、あれか。実はな……」

 ——合わせて、三人。通常、一つの部隊は五人から六人程度で編成されるから、部隊の人数としてはおそらく最少である。
 しかし不思議と、それでも充分であるように感じた。シドウ大佐はスマートな体型で、スギサキさんに至っては私より少し高い程度の身長で、決して大柄なほうではない。だけど、並んで歩く彼らの背はとても大きく見えて、頼もしくて。
 まだシドウさんとは会ってから日が浅い。スギサキさんとも、彼は私が保護された後すぐに別の支部へと飛んだから、そこまで親しいわけではない。だから、本当に不思議だった。
 この不思議を解明するための何かを、きっと私はまだ知らない。
 それとも彼らの、想像が全く及ばない強さが、私にそう思わせるのだろうか。——

「何をぼさっとしている、フミヤ少尉」
「置いてくぞフミヤ」
「え、わ、ま……待ってくださいっ」

 我に返って、慌てて小走りで駆けて二人のあとについていく。ヘリの運転手の二人も、私たちのあとからついてくる。
 気付けば遠くから、回収班を乗せたヘリが数台。廃墟が立ち並ぶ向こうから、プロペラを回す大きな音が響いていた。
 彼らと共に空を見上げれば、果てなく広がって世界を覆う青に、大きな黒い孔。
 それから幾つかの、近づいてくる小さな影。小さく見えていたヘリの黒い影はみるみる大きくなって、風が私たち三人の髪をくすぐって抜けてゆく。
 ——かくして、新しき旧日本支部第一部隊がここに揃ったのであった。



 またこの人たちも私の目の前で死んでいくのだろうかという不安を、臆病な私は心の片隅に抱えながら。