複雑・ファジー小説
- Re: アビスの流れ星 ( No.34 )
- 日時: 2013/01/10 17:57
- 名前: 黒田奏 ◆vcRbhehpKE (ID: u83gKCXU)
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「あちちっ」
コーヒー缶が熱くて、思わず取り落としそうになる。
サンドイッチとコーヒー缶を両手に抱えて、近くの適当なベンチに腰掛ける。今日はツナサンドと卵サンドだ。幸い、誰も座っていなかった。昼の間、支部に居るライブラ隊員のほとんどは食堂に向かうので人気は少ない。
だけど私は、昼食は一人で摂ることにしていた。最近はアイカワさんたちと一緒にご飯を食べていたりもしたけれど、今はもう彼らはいない。
「ダメだなあ。私、まだ引きずってる」
声に出せば紛らわせるかもと思ったけれど、心にぽっかり居座った虚しさが余計大きく見えるだけだった。
アイカワ隊長たち、前の第一部隊のみんなは強かった。
確かにシドウ大佐は、凄い。スギサキさんも、あんな大きなレイダーをたった一人で討伐するほど強いなんて、今まで知らなかった。
でも彼らの強さを知る前までの私は、アイカワ隊長たちが最強だと、心のどこかで安心していた。
世界は、何が起こっても不思議じゃない。
シドウ大佐の言葉で立ち直れたと思っていたのに、臆病で後ろ向きな私の根本は何も変わらないままで。考えてはいけないと、必死に目を逸らそうとしても、また私の前で彼らは死んでしまうのではないかと、また私は彼らを見殺しにするのではないかと考えてしまう。
そのシーンが、ありありと浮かんでしまう。考えたくもないのに。
「……ダメだなあ、私……」
「……フミヤ?」
「ぎょばッ!?」
びっくりして肩が跳ね上がって、あわや卵サンドを落としそうになる。
「『ぎょば』?」
「おこ、ここここんにちはスギサキさん」
「おう」
前を向くと、スギサキさんがコーヒー缶を持って立っていた。
「い……いつからそこに?」
今来たとこだよ、とスギサキさんは言った。食堂で昼ごはんを食べ終えた後らしい。
「たまたまシドウ大佐とも会ったんだけどな?」
「え、あ、はい」
藪から棒に、スギサキさんは話し出す。
「あいつ化け物だわ……」
「え?」
「弁当四つ持ってるから、誰と食うんだって訊いたら、一人でペロッと全部たいらげやがった……」
「……あ、あはは」
いつもの仏頂面で『今日は作る時間が無かったからな』とか言いながらお米をほおばる彼の姿を容易に想像できた。あの人は、どうしてあれだけえ食べてあのボディラインを維持できるんだろう。ちょっと羨ましいかもしれない。
「そういえば、お前は食堂とか使わないのか?」
「……ええっと、私は……」
「……だってさ」
言いかけたところで、廊下の右側の向こうから声が聞こえてきた。
「今度はあのアイカワさんが殺されたんだぜ。異常だって」
「穴埋めに、本部から腕利きが来たって話だけどどうなのかね」
そこまで聞いて、顔を見られないように足元を向く。私の髪の色は目立つから、あまり意味はないと思うけれど。そして案の定、しばらく話し声が止んだ。ただ重い沈黙の中を、二人分の足音が私の前を通り過ぎていく。スギサキさんは何も言わず立っているようだった。
足音が少し遠くなり始めたところで、ようやく話し声が再び聴こえた。きっと他愛もない話だろう。
顔を上げると、スギサキさんは黙って私を見ていた。
「……ほら。私って、人混みとか苦手ですから」
笑って言い繕って誤魔化そうとしても、無駄なのはわかっていた。きっともう、スギサキさんは理解してしまっただろう。
この支部には、私と同じ隊になった人間は近いうちに死ぬ、というジンクスが蔓延しているのだ。
私が一番最初に所属した隊、その次の隊、そして今回は、アイカワ隊長たち。たった数ヶ月の間で、三つもの部隊が壊滅している。そして、その全てに私が所属していた。
作戦自体に落ち度があったわけではない。いずれの場合も、不慮のアクシデントが招いた結果である。たとえばアイカワ隊長たちの時は、新種のレイダーが二体、いや三体いたことによるものだ。
しかし、事実はどうあがいたって変わらない。
「……ふん、なるほどね」
何も言わない私に問うことはせず、スギサキさんはただそれだけ言った。
それから、また廊下の左側から足音が聞こえてくる。思わず全身が強張るが、どうやらその乾いた音は私が近頃聞きなれたものであるらしかった。
「シドウ大佐」
「フミヤ少尉、スギサキ少佐。いきなりだが任務の通達だ」
彼は書類を片手に持ち、淡々と告げ始める。急を要する任務なのだろうか。
「先程、この支部の近辺でコードネーム持ちのレイダーが確認された。コードネームは『カトブレパス』だ」
「カトブレパス……」
「……一日に二体も名前持ちが出るなんて珍しいな」
「レイダーについては解っている事の方が少ない。何が起こっても不思議では無かろう」
きっとシドウさんは何気なく放っただろうその一言が、私の心の奥の不穏を揺らした。
スギサキさんはそんな私の様子を見やったのか、一瞬だけ目があった。しかし彼はすぐに目を逸らすと、にやりと笑って言った。
「でもまあ、タイミングは悪くねえな」