複雑・ファジー小説
- Re: アビスの流れ星 ( No.35 )
- 日時: 2013/01/11 19:51
- 名前: 黒田奏 ◆vcRbhehpKE (ID: u83gKCXU)
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カトブレパス。
山のような巨体に、長い首。昔この地球上に生息していた、水牛という動物に似た形状。バハムートのような翼こそ持たないものの、巨大かつ屈強なレイダーである。もっとも、コードネーム持ちはどれも凶悪であるけれど、その巨大な化け物は中でも異彩を放つ。
顔面に大きな一つ目があり、そこから光線を射出するのだ。
ただ、その光線が何によるものなのかまではまだ解明されていない。虫眼鏡で太陽光を集中させる原理、つまり偏光の応用ではないかとも言われているが、確証にはいたっていない。
更に厄介なのは、その頑強な皮膚。これまでも幾つかの部隊が挑んだが、サーベルがろくに通らないほど堅いらしい。
アメリカ、アフリカ、ヨーロッパ、オーストラリア。海を渡り、全てで六つもの部隊を壊滅させた弩級レイダー。
その討伐の感想を敢えて述べるとすれば、思ったほどでもない、の一言に尽きる。
カトブレパスは俺たちの姿を見ると、まず尻尾を振りぬいて数多の瓦礫を降らせてきた。
撃ち落とす。
撃ち落とす。
撃ち落とす撃ち落とす撃ち落とす撃ち落とす撃ち落とす撃ち落とす。
瓦礫が止む瞬間を見計らって本体の頭部に一発叩き込む。ジャックポット。怯んだ隙を逃しはしない。手早く両手の銃を剣に持ち替えて一直線に駆け出して。
剣を眼球に突き立てた。
サーベルから手を離す。空気の振動が肌を通して伝わる。目を潰されたカトブレパスの絶叫によるものだ。どうやら眼球は刃を通す予想は当たったらしい。
激昂したカトブレパスが巨体を勢いよく振り回す。巨大な尻尾で俺たちを叩き潰すつもりなのか。
しかし尻尾は奇妙な弧を描いて明後日の方向へ飛んでゆく。その極めて堅い皮膚ごと、横合いから斬り込んだ『真紅の流星』が尻尾を輪切りにしたからである。
噂は伊達ではなかったらしい。そんなことを考えながら激痛のあまりすっ転ぶカトブレパスの、目玉のほうに回り込む。
その目玉にはまだ、先程のサーベルが突き刺さっている。
サーベルの柄に銃口を当てて一言。
「——死ね」
引き金を引くと、凄音と反動。
そしてサーベルは見えなくなる。クラスター砲よろしくサーベルの砲弾が、カトブレパスの眼球の奥まで入り込んだからだ。
きっとその中ではサーベルがカトブレパスの脳味噌をぐちゃぐちゃに貫通しているに違いない。
山のようなカトブレパスの巨体が、ビルの倒壊を連想させる音を立てて崩れていく。実際、幾つかの廃墟がそれに巻き込まれて崩れていくのが見えた。
巨体が沈む様を少し離れた廃墟から眺めて、それから振り返る。少し離れた場所で、フミヤは口をぽかんと開けて言葉も発せずに居た。その顔が面白かったので、少し笑いそうになる。
「何面白い顔してんだよ」
「なっ……し、してませんよ!?」
フミヤは慌てて反応する。面白い奴になったな、と思う。
「ああそうか、変な顔はいつもだもんな」
「え……しっ、失っ、礼なっ!!」
それから、からかい甲斐があって、少し楽しい。
やっぱり、作り笑いより本当に笑っている顔のほうが、見ていて気分が良いと思う。
「……俺はな」
ふえ?と、突然振られた話題にフミヤは間抜けに返事する。
「五年前に、両足と左腕、それから左目を失った」
言いながら、左目を隠すために巻いた包帯を外していく。
「そしてそれ以降、俺の両脚右腕左目は、レイダーを討伐するための装備と同じ素材で作られたものだ」
きっと今、目を丸くしているフミヤの瞳には、晴れ渡った空のように青い俺の左目が映っていることだろう。左目の、本来白目であるはずの部分は闇のように暗い。
いわば俺の身体の半分がレイダーに対する装備のそれであり、だからこそ俺はこの年齢にして、あれだけの数のレイダーを討伐してこれたのだ。
だからこそ。
「だから俺は殺されない。絶対に」
——あれ。
一体俺は、何を話し始めているのか。
「真紅の流星も、あいつは何の細工もないらしいくせにあんだけ強いんだ。簡単にくたばりやしねえよ」
言っていて、変に胸の奥が熱くなる。顔が熱くなる。自分で恥ずかしいことを言っている自覚がやっと芽生えてくる。
しかし、喋っているのは自分の口であるはずなのに、紡ぐ言葉を止めることは出来ない。
「だからもう安心しろ。俺たちは死なない、絶対に」
フミヤは呆然と聞いていた。そして、その頬に涙が落ち始める。
それを見て、俺も胸の奥が痺れて熱を帯びた。
自分でも臭い台詞だと思う。しかし理解し始める。これは本心だ、と。
それから、ふと、自分は何の為に生きるのかと、自問自答していたことを思い出す。その答えはあまりにもあっさりと、くだらないカタチで見つかった。
何だったのだろうか、と言いたくなってしまうほどに。
だが、頭の中に風が吹き抜けたように、気分は清々としていた。
きっと生きる理由なんて、こんなもんで良いんだと、勝手に納得しながら。