複雑・ファジー小説
- Re: アビスの流れ星 ( No.38 )
- 日時: 2013/01/12 16:31
- 名前: 黒田奏 ◆vcRbhehpKE (ID: u83gKCXU)
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10月11日
今日はシドウ大佐に、旧日本支部の中を案内して欲しいと頼まれた。
旧日本支部は広いので、結局だいたいを案内し終える頃には日が沈んでしまっていた。
シドウ大佐の装備はやっぱり特注、というか試作品だったらしい。でも、私たちの装備と性能自体は変わらないという話だ。……やっぱりあの人は何かの基準がおかしい。
おかしいといえば、お菓子だ。案内を終える頃にはいつの間にか彼が左手に持っていた大きなお菓子の袋が消えていたのだ。どうしたのかと訊くと「歩きながら全部食べてしまった」と返された。ひょっとしてあの人は、レイダーの一種なのではなかろうかと思ってしまう。
あれだけ食べてスリムなのはずるいと思う。別に羨ましいわけじゃない。絶対に。……たぶん。
実のところ、屋上には初めて行った。よく見える星空が綺麗だと思った。ちょっとだけ、また行ってみたいかもしれない。
それからアルベルトさんの私物、どうしたらいいんだろう。シドウ大佐は「捨てておけ」と言ってたけど。
10月12日
また、シドウ大佐との任務だった。相手は、この間の奴と同じタコ頭……に見せかけた、四足歩行のレイダーととタコ型のレイダーだった。
シドウ大佐がまず先に四足歩行の奴の、両方の前脚を斬りおとしてから本体を仕留めて、逃げるように飛んだタコ型のレイダーを私が仕留める、という作戦だった。作戦はばっちり成功。
終わった後、シドウ大佐に褒められた。彼から見て私は、基本的な体力がとても高いのだという。剣術も、入隊して半年にしては上出来だと言われた。
別に嬉しくなんかないけど。全然嬉しくなんかないけど。
だってお世辞に決まってる。あんな強い人が、まだ新人だって言い張れる私を褒めるとか。
……私を褒めて何のメリットがあるのかはわからないけど。
でも、お世辞でも、嬉しいかもしれない。
10月13日
今日は、この近辺に多い蛇みたいなレイダーが相手だった。
任務が終わった後で、また言われてた。本人に聞こえるところで話しているんじゃ、陰口の意味がないと思う。
だって仕方ないじゃん、だって全部、いきなり新種のレイダーが現れたりとか、いきなり装備が壊れたりだとか、全部事故みたいなものだもん。なんで私のせいにするんだ。
本当に、私がいるからみんな死んじゃうのかと思っちゃうじゃないか。
シドウ大佐に「何かあったのか?」と訊かれたけど、適当なことを言ってごまかした。やっぱり、あの人は鋭い。
でも、それ以上何も訊いてこないのはちょっとありがたかった。
10月14日
今日は色々とびっくりした一日だった。
スギサキさんの乗ったヘリが墜落した、なんていきなりシドウ大佐が言ったかと思えば、現場に向かってみたら、バハムート……って呼ばれてる、凄く大きいレイダーの死体。人間ってあんなの一人で倒せるんだ。
シドウ大佐が言うには、とても強いレイダーの個体は、コードネームを付けられてその名で呼ばれるのだそうだ。
ひとまず、三人とも無事で本当に良かった。いきなり驚かさないでほしい、ほんとに。
それと、新しく第一部隊に来るもう一人というのはやっぱりスギサキさんだった。あんなに強いなんて知らなかった。久しぶりに会っても彼は何も変わってなくて、ちょっと嬉しかった。
彼が倒したレイダーの数は八千体を超えていて、全ての支部で一番らしい。どんな数字だ。確かアイカワ隊長でも千に届くか届かないかくらいだったはずなのに。
シドウ大佐とどっちが強いんだろう。
考えちゃダメだって思っても、やっぱり不安になってしまう。
また同じことが繰り返されませんように。
10月15日
最近泣くことが多くて困る。
別に悲しいわけじゃないのに、どうして涙が出るんだろう。恥ずかしいからやめてほしい。スギサキさんもスギサキさんだ、不意打ちすぎる。
そういえば、彼の両脚と左腕と左目は、レイダーと戦う装備と一緒なのだそうだ。だからあんなに強いらしい。ちょっとかっこいいかもと思った。本人からしてみれば、そんなこと思われるのは嫌だと思うけど。代わりに自分の身体を半分なくしたようなものだろうから。
でも、じゃあ生身でカトブレパスの尻尾を叩き斬ったシドウさんって一体……。
やっと、なんで彼らの背中を見たとき、妙に安心したのか分かった気がする。
シドウさんもスギサキさんも、確かに強かった。私の想像が及ばないくらいに。そして、それは一人の人間としても、とても。
誰かを守ろうとするから強いのか、ただひたすら必死に生きようとするから強いのか、今の私にはまだわからない。
けれど、私もあんな風に強くなれるだろうか。
私も、二人の力になりたい。