複雑・ファジー小説

Re: アビスの流れ星 ( No.44 )
日時: 2013/01/28 18:53
名前: 黒田奏 ◆vcRbhehpKE (ID: u83gKCXU)




第三章「人は自分を騙し通すことは出来るか?」



   1



 え、と、思わず訊き返した。

「今伝えたとおりだ。フミヤ、貴官の今後の任務参加を一切禁ずる」

 シドウさんは無表情で繰り返す。冗談を言っているような顔つきではなく、いつもの、任務の内容を私たちに伝えるときと同じ目だ。

「えっ……と、つまり、次の任務は、あの時みたいに、レイダーに攻撃を加えるな……と……?」
「今伝えたとおりだ、と言った筈だ。お前は今後一切、任務に出なくて良い」

 それから、とシドウさんは付け加えて。

「本日現時刻を以って、フミヤ少尉を第一部隊、及びライブラから除名する。これは支部長であるタカノ准将の意向でもある」

 そう、私に伝えた。

「……休め、ってことですか?」
「ずっとな」
「クビ、ってことですか?」
「事実上そうなる」
「もう一緒に戦えない、ってこと……ですか?」
「そういう事だ」
「……理由を聞いてもいいですか」
「一つ目は貴官が在籍していた三つの部隊が壊滅状態に追いやられたこと」

 発する自分の言葉が、少し震えているような気がした。
 シドウさんは淡々と告げる。

「二つ目は単純な戦力を鑑みて、第一部隊は私とスギサキの二人で充分だと判断が下された」
「でも、そんなっ……!」
「これは命令だ」

 シドウさんはぴしゃりとはねつける。
 初めて彼に会った時のような、視界が揺れる感覚に見舞われて、顔の表面が熱くなる。足元がぐらついて倒れそうな錯覚。

「スギサキからも何か言ってよ!」
「……悪いけど、上官様の命令には逆らえない」

 腕を組んで柱に寄りかかっていたスギサキも、視線を私に合わせずにそう言っただけだった。
 掴んで縋ろうとしたものが砂の塔みたいに崩れたような感覚。

「まあ……フミヤもまだ未成年だし、手当てなら支給されるだろ」
「そういう問題じゃ……」
「そして」

 シドウさんが私の言葉を鋭く遮って、言った。

「これは私の判断でもある」

 その言葉の意味を飲み込めず、一秒。
 それから目の前が、一瞬暗くなった気がした。その瞬間、私は世界から置いてけぼりにされた。

「この会議室のお前の荷物も、今日中に片付けておけ」

 シドウさんが背を向けて何かを言っていた。

「……まあ、フミヤはまだ未成年だし手当ては支給されるだろ。またどこかでな」

 スギサキも何か言って、それについていく。
 第一部隊の会議室には、私だけが取り残された。
 鉄の扉が重々しく下りて、私は第一部隊から、ライブラの隊員から外された。それはシドウさんの判断だという。
 つまり、彼にとって私は『要らない』ということ。
 自分では頑張っていたつもりで、私はずっとシドウさんとスギサキの足手まといになっていたのだろうか。トレーニングも、手を抜かないで頑張ってたつもりなんだけどなあ。
 それとも彼らに、何か嫌なことをしただろうか。覚えはないけれど、それも自分の勘違いだったのだろうか。
 やっぱり、居たらいけなかったんだろうか。
 あの日、居場所が出来た気がすると言ってくれていたのは嘘だったのだろうか。演技だったのだろうか。スギサキも、内心では私をうっとおしいと、邪魔だと思っていたのだろうか。
 私の何がいけなかったんだろうか。
 全部かな。
 全部いけなかったのかな。
 ずっと彼らは、私を疎ましく思っていたのかな。邪魔だったのかな。早く居なくなればいいのに、って思っていたのかな。
 なのにはしゃいじゃって、流れ星にずっと一緒に居れるようにだなんて祈って、一緒に居たいとか思って、ちょっと幸せな気分になっちゃったりして、また明日も一緒に屋上行きたいとか思ったりしちゃって、二人の誕生日聞こうかななんて思っちゃってたりして、誕生日にはプレゼントを渡そうなんて考えちゃったりして、トレーニングとか任務とかでシドウさんに褒められたときは嬉しくって、スギサキが無言で持ってきてくれるコーヒーが美味しくって、ちょっと前より成長したかもなんて自信過剰になっちゃって、二人とずっと一緒に居れるように、私も二人を守れるぐらい強くなりたいなんて思っちゃって、二人が居ればいつだって頑張れるなんて思っちゃって、ずっと一緒なんて夢見ちゃって、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、



「……バカみたいだ、私……」



 頬を大粒の涙が伝うのがわかった。強く歯を食いしばっていた。
 幸せじゃない涙は久々で、ただただ胸が締め付けられるような感覚に苛まれた。
 けれど苦しさは吐き出されない。わけのわからない闇の靄が、私の中をぐるぐると、ぐるぐると、ぐるぐると。
 なんだよ、それ。
 バカみたいだバカみたいだバカみたいだバカみたいだバカみたいだ。
 結局、私なんて居ないほうが良かったんじゃないか。
 二人の言葉は上っ面だけだったのか。居てもいいんだって、生きてて良いんだって、許されたと思ったのは幻想だったのか。
 泣いた。
 大声で、子供みたいに泣いた。会議室の外へは、私の泣き声は聴こえていないことを期待して。
 自分を呪った。