複雑・ファジー小説

Re: アビスの流れ星 ( No.59 )
日時: 2013/01/29 21:26
名前: 緑川遺 ◆vcRbhehpKE (ID: u83gKCXU)




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「——ん……」

 ここはどこだろうか。
 辺りは真っ暗……というか真っ黒で、割かし広い空間だった。一面が、蠢く黒い何かで覆われているけど。立ち上がると、足場はあまり平らとは呼べず、荒地のように凹凸があるのがわかった。
 どこかで見たような気がするのは気のせいだろうか。

「あー、フミヤ、やっと起きたぁー?」

 いきなり名前を呼ばれて、肩が跳ね上がる。
 男か女かはわからない。高めで甘ったるい、子供の声のようだった。

「だ……誰っ!?」
「ここだよ、ここだよ」

 素早く辺りを見渡して、声が聞こえた方向へ振り返る。そちらには、一際高い黒いもので積み上げられた高台があって、その一番上に、真っ黒の中で目立つ真っ白い姿の少年が居た。いや、少女だろうか。見た目から判別するのは難しかった。
 彼、あるいは彼女は真っ白なパジャマのような服装をしており、髪も、肌さえも生気が感じられないほどに白い。顔立ちも端整で、まるで陶器でつくられた人形のようだった。だけどその瞳は、まるで向こう側まで穴が空いているかのように真っ黒で、得体の知れない気味悪さを感じさせた。
 彼あるいは彼女は私の顔を見ると、嬉しそうに口角を上げた。

「ヒサシブリ……うにゃ、フミヤにとってはハジメマシテ、かなぁー?」

 にこっと、私に笑いかける。作り笑いには見えないけれど、その笑みに居心地の悪さを覚える。

「……君は誰?」
「僕は、君の親さ」

 親。
 全く聞き慣れない単語と、それを駆使して彼あるいは彼女が告げた内容に、皮膚が粟立つ。
 親? この、どこから見ても私と同じくらいの年齢にしか見えない、この子が?
 というか、私に親がちゃんと生きていたのか?
 記憶を失っていた私に?

「そしてね」

 それから少年或いは少女は私に、更に告げたのである。



「僕の名前はアビス」



「………………思いっ、出したっ…………っ!!」

 正確には思い出させられたのか? そんな予感がする。
 全身に地の底まで落ちていくような感覚が襲い掛かった。
 確かに作られた!
 私はあの少年に、作られた!
 気のせいなんかじゃない。この場所で!

「そうだ、私は——私は……私は」

 私は、記憶喪失だったのではない。
 もとより私に、作られる以前の過去など存在しなかったのだ!
 このアビスという場所で、アビスに作られて、地球と言う場所に送られて、そこに隠れていた人間をいっぱい食べて、いっぱい観察して、人間に化けて、スギサキに会って、ライブラに入って、レイダーを倒し続けて、アイカワさん達と出会って、シドウさんと出会って、彼らとたくさんの日々を過ごして、その日々を忘れないようにしようと日記を綴り続けて、私の右腕はシドウさんを貫いて!

「シドウさんっ!」

 アビスが一変して怪訝な表情を浮かべる。

「シドウさんはどこ!? 無事なの!? ねえ!」
「知らなぁーい」

 アビスは適当に空中を眺めながら、曖昧に返事する。

「ライブラの中の様子までは、フミヤ無しだとさすがに覗けないからなぁー」

 私無しでは、覗けない?

「どう……いう、こと、それ……」
「あれぇー? それはもう、フミヤも聞いてたよね?」

 ああ、思い出した。
 私はこいつのカメラとして送り込まれたんだって、タカノさんも言っていたっけ。そして、それは大当たりだったってことなのか。

「僕が直接覗いてる間はフミヤもしばらくぼうっとしたみたいになっちゃうみたいだから、少し不便だったけどねー」

 つまり、本当に、私のせいで、死んだ、のだ。

「い、や」

 アイカワさんもマツヤマさんもアルベルトさんもミズハラさんもナナミさんもフジサトさんもハイバラさんもヤマモトさんもイナバさんもツカモトさんもみんなみんなみんなみんなみんな!!

「いやぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁぁッ!!」

 結局私のせいだったんだ! 私の私の私の私の私の私の私の私のののののののののの。

「大丈夫、フミヤはぜーんぜん、悪くないよ」

 不意に、ふわりと柔らかく、温かい感触に包まれた。鼻の先に、真っ白な髪の毛が揺れて触れる。
 れる。

「!”#$%&’())(’&%$#”!”#$%&’!!……」
「大丈夫、だよ」

 暗くなっていく視界に染み入って消えるように、そんな優しげな言葉が聞こえた気もしたけれど、それどころ、じゃあ、なかった。
 私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。



 本当に、悪魔だったのだ。



「大丈夫だよ。僕が生きるためだったもの、仕方が無いんだ」