複雑・ファジー小説
- Re: アビスの流れ星 ( No.63 )
- 日時: 2025/09/25 14:29
- 名前: 緑川遺 ◆vcRbhehpKE (ID: flo5Q4NM)
「苦戦しているようだな、スギサキ」
肩越しに俺を見ながら、シドウはそう言った。背中からバハムートの巨大な翼を生やして。翼の根元には、酸素を供給するための装置もついているらしかった。
「お前っ……シドウ、何だその背中のは?」
「うん、これか?」
曰く、少し前に俺が倒したバハムートの翼をそのまま加工したものであるらしい。完全な、空中戦闘用の装備だという。全く新しいタイプの装備であるために、今日ようやく完成したのだという話だ。
本当にバハムートの翼をそのまま切り出した形状であり、一人の人間が背負うには些か大きすぎる気もした。
「こんなカタチで役に立つとは思いもしなかったがな」
相も変わらず抜け目が無いというか。
「……それで、平気なのか?」
「何がだ?」
「バカが、怪我だよ」
何しろコイツは昨日腹に風穴を開けられたのだ。内臓をかなり痛めているため、戦役復帰は困難だという話も聞いていた。聞くまでも無く、平気じゃないことはわかってる。
しかし、シドウは平然とした様子で、思い出したように相槌を打った。
「ああ。何、フミヤ如きに付けられた傷で、私がくたばる訳無かろう?」
苦笑がこぼれる。そういやこいつは、そういう奴だったっけ。
シドウは真っ黒な空を見上げた。フミヤは、あの一面を覆う黒い雲の中に居るらしい。——アビスと一緒に。
シドウ曰く、バハムート程の飛行能力と、酸素と体温を確保するための手段があればあの高度まで到達するのは容易い。
となれば、やるべきことは一つだけだ。
「俺も行くよ、シドウ」
「……ダメだ」
なぜ、と問う前に、シドウは俺の言葉を遮った。
「急ごしらえだからな。生憎と、この翼は一人分しか無い」
「でも、俺を連れて行くことぐらいは……!」
「成層圏とはいえ、かなり上空だ」
幾ら装備があるとはいえ、両脚と左腕に左眼以外は生身の俺が、果たして呼吸も怪しい状況で戦えるのかという話だ。
足を引っ張れば、それこそ最悪だ。
歯を食いしばっていた。武器を握った両手を握り締めた。
けど、だったら。
「……シドウ」
「何だ」
シドウに背を向けて、遠くから迫るレイダーの軍勢を見据える。
「——ここは、俺が引き受けた。アンタらが戻ってくる場所は、俺が守っておいてやる」
今自分に出来ることを、やるしかないじゃないか。
「良いか、アンタが居なくなったらフミヤが悲しむんだ。絶対に二人で戻って来いよ!」
振り向くことはしなかった。ふん、と鼻で笑って、シドウもまた黒い空を見上げたのが伝わった。
「——言われなくても」
大きな旗を振り上げたような音が聞こえた。きっと翼を広げた音だ。そして羽ばたく音。突風が俺の背後から吹き荒れて、髪を揺らす。
シドウは、真っ黒な空に向かって一直線に飛び立っていった。
自分でも何を言って、何をやってんだと思う。沢山ヒトが死ぬ原因を作っておきながら、偉そうなことを言って。軽率な考えでしでかしたことの後始末まで、こうしてシドウに頼ろうとしている。自分は自分で思っていたよりも、ずっと無力で、無知で、弱い奴だ。
それでも、今から償うことは出来るだろうか。
きっとあのクラヴィスには、俺と同じように、たとえみっともなく足掻いたって仲間を失いたくない、そんな奴が他にも沢山居るはずだ。
今までさんざ迷惑をかけっぱなしだった代償、というワケじゃないけど。
仲間の大切さを知ってしまってからというもの、どうにも非情になりきれないらしい。
仲間なんてしがらみは、鬱陶しくて、邪魔臭くて、うるさくて、ばかばかしくて。
そのくせ何よりも、心の支えになりやがる。
お陰で、守りたいなんて思ってしまうのだから厄介この上ない。
「……全く、これじゃ死ねないよなぁ」
死んだら守れないから。死んだらきっとフミヤは泣くから。
そして、同じような繋がりが、この世界中に散らばっている。きっと人間である以上は誰もが、——本人が気付いていようといなかろうと——誰もが持っている。
そう考えるだけで、守りたいと思えた。
守りたいと思えるだけで、死にたくないと思えた。
死にたくないと思えるから、今ここで戦える。
「ありがとう、二人とも」
一人呟いて、左眼を覆う包帯をほどいた。風に流されて、包帯は遠くへ飛んでいく。本来白目であるべき部分が黒で、瞳が蒼いこの瞳。見ただけで異常だとわかってしまうから、隠し続けてきたコンプレックス。けど、もうきっと包帯は必要無い。
サーベル二本と銃を二挺、高く放る。それが回る速度も、迫るレイダー達も、全部が全部遅れて見えた。
銃を一瞬だけキャッチ。引き金を引いてまた放る。次いでサーベルをキャッチ。レイダーの急所を深く切り裂いてまた放る。繰り返す。繰り返す。繰り返す。
ここは、何があっても俺が守り抜く。だから。
「絶対、戻って来い」