複雑・ファジー小説
- Re: アビスの流れ星 ( No.67 )
- 日時: 2013/02/25 16:18
- 名前: 緑川遺 ◆vcRbhehpKE (ID: x6P.sSUj)
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予想に反して、槍の影に姿を隠したであろうシドウは、あまり時間の経たないうちに僕の前に姿を現した。
見つからなければこの空間ごとひっくり返して、無理にでも見つけ出すつもりだったけど。
手間が省けてよかった、と素直に思う。彼らを圧倒するには充分すぎるとはいえ、今の僕には殆ど余力も時間も残されていないから。
「逃げないんだね、シドウ」
少し遠くに立っている彼は、どこから取り出したのか、黒地に赤いラインが入った装備を身に纏っていた。
馬鹿だなぁ。僕は全てのレイダーの生みの親であり、全てのレイダーを統べる『アビス』そのもの。
その僕の前では、僕らから切り出された装備など無意味だって、さっき直に体験させてあげたばかりなのに。
彼に向かって、手をかざす。開いた手の平を強く握る。それで彼が纏う装備は粉砕される、はずだった。
彼の動きが強張る。その辺りで、僕は異変に気付いた。
なぜ、すぐに壊れない。
火花が散るような音が響いて、ついぞ僕が加えた力は逆に弾かれた。
どういうことだと、面を喰らった僕は、遅れてもう一つの異変に気付く。
「——シドウ……フミヤはどこへ行った?」
僕を真正面から見据えた彼は、泣いていた。
口を真横一文字に結んで、凛々しく、気高い面持ちで、鋭く光をたたえた赤い眼光で真っ直ぐに僕を見据えながらも、その頬に涙を伝わせていた。
「シドウッ!!」
なんというコトだ。この男は……違う。
『対レイダー用の兵装は、レイダーの死骸を用いて生成される』。
フミヤは、自身を、彼が纏う為の装備へと変えたのだ。
『人間の強い意思は、それらの兵装に影響を及ぼすことがある』。
いつぞや、フミヤを通して聴いた仮説を思い出す。
きっと僕の支配を弾き返したのは、彼の——もとい、彼らの強い意思によるものだと理解する。
思えば、そうだった。喩え何人喰い散らかしても、喩えどんなレイダーを送り込んでも、ずっとずっと、彼ら人間の意志だけは、僕の思い通りにはならなかった。
それどころか、僕に影響を与えつつある。
「アビス」
シドウが、静かに僕の名前を呼んだ。悠久の時、大宇宙を彷徨って、ようやく僕がこの星で得た、僕に対する呼び名を。
静かで良く通る、落ち着いた声だった。
「貴様は、本当は人間に惹かれていたのだろう」
彼は真っ直ぐに僕を見て、真っ直ぐに問いかけた。きっと彼は、薄々気付いていたのだろう。
「だから今の今まで、地球を捕食することを躊躇っていたのではないか? 本当は、止めて欲しかったのではないか?」
本当に、どこまでも真っ直ぐに問いかけてくる。
ずっとずっと昔から彷徨い続け、初めてこの惑星に辿り着いて、数十年もの間、君達人間の意志を、君達人間の想いを、笑顔を、観察し続けてきた僕に、それは残酷すぎる問いだ、と。そう思った。
「聞いたところで、どうにもならないのはわかってるくせに」
僕は今、上手く笑顔を作ることが出来ただろうか。
どうにもならないのは事実だ。この惑星を食べなければ、僕はここで死ぬ。
だけど、僕の目的はずっと変わらない。変わっていない。生きることだ。
シドウは目を伏せて、そうだな、と短く答えただけだった。それから、手の平で、彼は自分の涙を拭った。
もう一度顔を上げた彼は、とても強い眼差しで僕と向き合った。
その顔だ。
その意思だ。
仲間のためなら、仲間の遺志を継ぐためなら、何度折れようが立ち上がる。
憧れた。
だから、僕はフミヤを作った。
君をこの惑星に放ったのは、僕は感情というものをよく知らないから、彼らに育ててもらうつもりだったからなのだけど。
君は、そちらを選ぶんだね。フミヤ。
「だけど、僕も死ぬつもりはないよ」
背から、白い槍をありったけ生やす。いつぞやフミヤを介して覗いた文献で見たあれのように。
こんな翼を生やした人型の類を、君たち人間は『天使』や『神』と呼ぶのだろう?
大きな翼の威圧にも、鳴り響いて折り重なる槍の音にも怖じることなく、シドウは黒い一対の刃を構えた。
「生憎、私『達』もだ」
彼はそれだけ言った。
皮肉なものだと思う。
僕が喋って、君が応える。人の言う幸せがどんなものかは解らないけど、確かに僕は、それだけのことで、今、確かに満たされていた。
白銀の空間の隅まで行き渡った静寂の中で、僕と彼は対峙する。
さあ、生存競争を始めようか、人間。