複雑・ファジー小説
- Re: アビスの流れ星 ( No.68 )
- 日時: 2013/03/04 16:30
- 名前: 緑川遺 ◆vcRbhehpKE (ID: x6P.sSUj)
7
天上天下に白銀の槍が敷き詰められた空間に、雪のように白い、無数の欠片が吹雪いている。
化け物と一人の男が対峙していた。
化け物の見た目は肌や頭髪から衣服まで真っ白の子供であり、しかしその瞳には一切の光を吸い込む真闇が広がっており、背からは白い槍で構成された巨翼が突き出している。
子供は手品のように白い槍を虚空から幾本も繰り出した。上から右から左から、実に自在に男に打ち付けてかかる。
対して男の衣服は黒、そして黒い甲冑を纏っていた。髪の色は燃える様に赤く、更に深い緋色の瞳は真っ直ぐ化け物を見据えていた。その頬には一筋の涙が伝っているが、男はそれを振り払うように闘い続ける。
両手に携えた二刀の刀身は煌々と真紅に輝き、血よりも赤き軌道を中空に描いては幾百の槍を貫いて弾いて砕いてゆく。
高い音が鳴り響く。薄い空気が震えた。黒靴が白槍を踏み締める。細腕が白槍を握り締めた。紅い刃が奔る。白い槍が砕かれた。槍の雨が降り注ぐ。黒い裾が翻った。白斧が振り抜かれる。赤髪が流れた。
突如生み出された白い大きな斧を避けた先に、男を待ち構えていたものは白い大きな槌。男の瞳がごく少しだけ細められ、二刀を交差させて巨大な衝撃を受けきった。
男の額に汗が滲み、彼は奥歯を食いしばる。しかし、強引に真紅の刃を正面に押し出し、逆に大槌を粉砕した。
遮られていた視界の先から、再び槍の雨が降り注ぐ。
右に薙ぎ払う。左にいなす。駆けながら跳ねて避ける。正面からの槍を両断する。尚も駆け抜ける。走り抜ける。打ち落とす。切り飛ばす。弾き飛ばす。踏み出す。
白い化け物は、その身丈ほどの大剣を足元から生み出した。全て白銀でありながらも、見事な装飾の大剣であった。
両者の距離は、ついぞ後一歩のところまで迫る。
それは時間にして一秒にも満たぬ、実にほんの僅かな刹那だった。
しかし確かに、一瞬が極限まで引き延ばされたように、その空間の目に映る限り全てがスローモーションで流れた。
男の、ルビーを想起させる真紅の瞳は真っ直ぐに化け物を見据えていた。
化け物の瞳もまた然り、深い闇は、確かに男を捉えていた。
男は短く息を吸った。
化け物は翼を大きく開いた。
真っ白に光り輝く空間。
幾千の白い欠片が舞い踊る。
黒衣の男は真紅の二刀を携え踏み込んでいた。
白い化け物は銀色の剣を振りかぶっていた。
交錯する。
化け物が大剣を大きく振りぬく。男は鎬で大剣を逸らす。男が突きを繰り出す。化け物は身を捻って避ける。更に化け物は巨翼で周囲を薙ぎ払う。男は高く跳ねて回避する。空中に躍り出た男は真上から化け物を狙う。回転を加えた剣戟を叩き込む。化け物は大剣でこれを受ける。男は反動を利用した。横合いに転がり込む。下から紅い刃を振り上げた。化け物は避けきれず右の翼を根元から失う。
呻き声が上がる。しかしそれはすぐに咆哮に化けた。強い衝撃波が発生する。
空圧に男は吹き飛ばされた。だが男はすぐに体勢を整える。
化け物が大剣を床に突き立てると、辺りの白い槍が強烈な不協和音を発して、のた打ち回るように暴れだした。
白い槍は入り乱れて男を囲い込み、そして男に向かって一斉に伸びた。
壮絶な音が響く。一層白い欠片が舞う。
白い闇の中。紅い閃光が煌いた。
アビスは闇より深い漆黒の瞳を見開く。
そして、真っ直ぐに自らへ向かうその姿を瞳に焼き付けた。
8
果てが無いとさえ思えてくる、無数のレイダーの軍勢との戦いの最中で、ふと一瞬だけ空を見上げた。
そして俺はそれを見た。
アビスの流れ星を。
真っ黒に蠢く、一切の光がない闇の夜空の中に、確かに真っ赤な星が流れた。
星が流れた辺りから真っ黒な空が割れて、白い光が溢れ出す。
一面に広がる黒い空に、ガラスをぶん殴ったような亀裂が入った。
そして、世界のどこへでも聴こえそうな音と共に、漆黒の空が割れて砕け散る。
眩しさに目が眩んで、目の前の全てが真っ白になった気がした。降り注ぐ黒い雨までもが白く染まって、灰色のレイダーの軍勢を溶かしてゆく。
突然のことに驚きながらも、再び空を見上げる。
そこには、アビスの黒い星は跡形もない。
ただどこまでも青い空だけが広がっていた。